現職国会議員の農地法違反事件

YAHOOニュース

絶対に許されないことです。立法府に属する「国民の代表」たる国会議員に遵法精神がないなんて。なにしろ約1000平方メートル=10a=1反、それも、既に行政指導が入ったのを無視したということなので、「知らなかった」では済まされぬ悪質な事例でしょう。事実上、長期にわたる「脱税」と言っていいと思います。この問題、農地法で実刑をふくむ罰則規定がありますから、 農水省および捜査当局のしっかりした対応をのぞみます。また、本人は即座に議員辞職すべきでしょう。

まったく世の中、カネに汚ないヤツばかりです。有名料理店の産地偽装にしたってカネへの執着とコンプライアンスのなさによるものでしょう。 ホント、 吝嗇はいけません

"Cipolla da bunching"だって…

WEBで見つけた表現。

Cipolla da bunching

英語で"bunching onion"って言いますからねぇ。

コレ、"bunching"という英語もなかなかのモンですけど、"da"が興味深いんです。名詞+da+名詞というのはもちろんあるんですけど、"bunching"ってもともと英語の動詞"bunch"の現在分詞ですよね。すくなくとも"bunching onion"という表現だとそういう構造です。イタリア語だと、名詞+da+不定詞、というのがあって、そちらのほうが自然な気もするんですけど、そんなこと外国人がいくら疑問に思っても、イタリア語で考えているひとたちにとって自然な表現なら文句のつけようもございません。

この表現をみつけたのはBejo Italiaのサイトなんですよ(以前にも見たはずなんだけど、あんまり気にしなかった)。Bejo ってのはオランダ系の国際的な大種苗メーカーですね。なので、英語の"bunching onion"をそのまま持ってきたということは考えられますね。

国際的な種苗メーカーだと、ほかにフランスのLimagrain、農薬がらみにもなりますけどUSのMonsantoやスイスのSyngentaなんかが有名ですね。

Bejo の種子って一部は日本にも導入されてるみたいなんですけど、Limagrain系はどうなんでしょうか? あんまり聞かないような気がします。モロにLimagrain傘下のメーカーさんはあるんですけどね、日本じゃ売らないみたいです。Syngentaは農薬と種苗でそれぞれ日本法人をもっているみたいで、ちょっとは本家のも扱っているみたいですけど、いまのところウチでは関係のないものばかりですね。

いえ、すごいんですよ、BejoにしろLimagrain系や、Monsanto系のイタリア法人にしろ、たとえばフィノッキオの営利栽培品種のラインナップがものすごく充実してるんです。日本のレタス品種のラインナップを思いだします。そのなかから選べればいいんですけど、こういうところの種子って個人レヴェルじゃなかなか手にはいんないんですよ。扱いのある小売をみつけなきゃならないんで。フィノッキオだとLimagrain系のC...ってのをためしたことがありますけど、これはよかったですね。白くてマルっとして。ただ、大玉になりにくい品種で、しかも時期をえらぶという難点つきでしたけど。その後、おなじ小売でT...というやっぱりLimagrainの品種の扱いもはじまったんですが、こちらはためしていません。だって早生なんだもの。欲しいのは晩生、超晩生で耐寒性のあるものなんですよ。BrandoとかOrfeoとか…。こういうのがすんなり手にはいるんだったら、品種の使いわけで周年栽培しやすくなるんですけどねぇ…。

ところで、上のBejoのカタログにある品種は、Allium cepaじゃなくてA. fistolosumなんだそうです。パっと見で「あ、チポロット」と思うんですけど、コレ、じつはとっても微妙な問題をはらんでおりまして…。英語の"bunching onion"は両方アリなんですけど。

「おもしろ野菜」の耐えられない軽さ

ようこそ、「まきもの屋の生活と意見」へ。
この新聞記事はサービスだから、まず読んで落ち着いて欲しい。 うん、「また」なんだ。済まない。

野菜なんて所詮は流行りモノです。流行に振りまわされているんですよ。流行ってのはとうぜん「流行り廃り」ということなんです。で、このところ「廃れる」のがちょっと早いんじゃないか、そんな気がするんですよ。市場投入からブームが起きるまでの助走期間ってのはけっこうあるものなんですけど、ブーム自体はヘタをすると1、2シーズンで過ぎちゃう…みたいな。需給バランスの問題もあるんでしょうけど、陳腐化するのがあまりにも早いんじゃないかと…。

上でリンクを張った記事にもあるように

テレビなどメディアに出たら、その野菜はもう遅い。 良い情報を早く入手して、形や色、味の面白いものを仕掛けていきたい

たしかにそのとおりなんです、流行現象としては。で、つねになにか次の「新しい」「珍しい」ものを探すんですよね。でも、近い将来の「行き詰まり」がすでに見えちゃってるんですよ。そのことに生産者じしんが気づいているかどうかは別として。

だいたい、野菜の種類なんてのは数がかぎられているんです。まるっきり新しいものなんてそうそうはでてきません(そういうものに力を入れておられる種苗メーカーや試験場のブリーダーさんもいらっしゃいますけど)。ということは、「珍しい野菜」ってのはある集団においてそれまで「未知」あるいは知名度がきわめて低かった、ヨソの野菜、ということになります。世界は広うございますから、ワールドワイドでさがせば、ひとりの生産者が一生かかっても扱いきれない くらいの種類があるかもしれませんし、ないかもしれません。すくなくともイタリア、フランスの野菜については、すぐにネタが尽きちゃうことだけはたしかです。

困っちゃいますよね。でもね、「珍しい」ことに価値をおくからそうなるんです。自分じゃ見たことも食べたこともない野菜に安易に手をだすからそうなるんです。

どんな野菜でも、伝統的なものであればあるほど、その地域の風土、文化を背負っています。軽々に「珍しい」とか「おもしろい」なんて価値観でとらえちゃ失礼なくらい、重みをもったものなんです。そのことを忘れちゃいけません。

なのに、現実には「珍しい」ということだけを消費、いや浪費しちゃってるんですよ。「使い捨て」ているといってもいいかもしれません。ワーっととびついて、飽きたらポイ。ねぇ、いまフランスでは日本野菜がブームですよね。水菜とかカブとか。1年か2年したらブームが過ぎて、誰もかえりみてくれない、なんて状況になるかもしれませんけど、そういうのを想像してどう思いますか? 日本人として嬉しいですか? 平気ですか? それとおんなじことなんですよ。

まえにも書きましたけど、日本で西洋野菜をつくるとき、しばしば本国のものと「決定的な差」があることに気づかされます。その差をうめるというのは、一朝一夕にできることじゃありません。そんなにカンタンなものじゃないんですよ。

いえね、誤解してほしくないんですけど、上でリンクを張った記事に紹介されている生産者さんを批判しているわけじゃないんですよ。記事の生産者氏は外国語もおできになられるようだし、きっと、その他大勢の「おもしろ野菜」屋さんとは一線を画しておられると思います。むしろ、こういう記事を読んで「おもしろ野菜」に手をだそうと安易に思うようなひとびとに警鐘を鳴らしたいんですよ。

そりゃ、ウチの商品だって「おもしろ野菜」的なものはあります。チャードなんかいい例でしょう。きれいですからね。そもそもフランス、イタリアのものじゃないんですよね。US野菜といったほうが正しいと思います。ただ、フランスにも導入されていまして、ガストロノミックなレストランなどで使われているんですよね。それに、何にも考えずに栽培しているわけじゃないんです。ウチのチャードは他産地のものとくらべて色が鮮やかだというご評価をいただくことがあります。そりゃそうです、そういう種子をわざわざ入手しているんですから。

ところで、このエントリのタイトル、クンデラの『存在の耐えられない軽さ』のもじりです。ちなみに前のエントリはプルーストの『失われた時を求めて』のなかの章題のもじり。まぁ、どうでもいいことですけど。

産地の名前、名前!

以前からその存在は知ってはいたんですよ。で、ある八百屋さんのBLOGで見ちゃったんです。国産の「サンマルツァーノ」を。フツーのひとの感覚からすると「国産カマンベール」みたいなもんでしょうか。

「国産サンマルツァーノ」のスゴいところは、ご本家の Pomodoro di San Marzano dell'agro sarnese-nocerino (DOP) とまるっきり似ていないところです。写真から推察するに Roma タイプの品種ですな。なので、プロの料理人さんが何の疑問もなく「国産サンマルツァーノ」をサン=マルツァーノとしてお買いもとめになられることはあり得ないでしょう。まさか、「日本で栽培すると気候や土壌のちがいで異なった見ためになるんだねぇ」なんて毒電波をひろっちゃったりはしないですよね。

ご本家の正式名称 Pomodoro di San Marzano dell'agro sarnese-nocerino (DOP) をよくご覧いただきたい。DOPなんです。日本語でいうと原産地名称保護をとっているんです。ワインのDOC(フランスならAOC)みたいなもんです。ということは、その産地名をヨソが勝手に名乗ってはいけない、ということです。

有名なケースが「ポートワイン」ですな。いまでは「ポルト」とするほうが多いと思いますけど、ポルトガルの vinho do Porto (DOC)のことを言います。かつては国産の甘口葡萄酒の商品名に「ポートワイン」とつけていましたけど、現在はこのDOCを尊重して「スイートワイン」と名乗っていますね。

で、トマトなんですけど、San Marzano は地名なんです。だから、サルノとノチェーラで生産されているDOP規格にのっとって認証をうけたものだけがこれを名乗ることができるというわけです。それ以外は、たとえおなじ品種、おなじ栽培方法であってもパチモンなんですよ。イタリアではこのタイプのトマトはほかの地域でもたくさんつくられているはずですけど、直接的にSan Marzanoと名乗ってはおりません。だってご本家がDOPですから、ヘタなことをしたら手が後ろにまわるかもしれないし、莫大な賠償金を請求されかねません。

なので、せいぜいが「サン=マルツァーノ・タイプ」くらいしか言えないんと思うんですよね。上の写真右側、去年のウチの「スーパーマルツァーノ」ですけど、これを「サン=マルツァーノ」とは言っていないの、おわかりいただけますよね。わざわざ別の名前(といっても品種名ですけど)にしているわけです。もちろん法的な判断をあおいだわけじゃないので、これだってもしかしたらアウトかもしれないんですよ。でも、コンプライアンスといいますか、DOPを尊重する姿勢だけは示しておかないといけません。

野菜の場合ですと、DOPのほかに、Indicazione geografica protetta (IGP)とIndicazione geografica tipica (IGT)というのもあります。細かいところはいろいろちがうんですけど、ようするに商品の表示にかかわる権利保護がなされているわけです。なので、DOP、IGP、IGTというのがついているものは国産を商品化するにあたっては要注意なわけです。

偶然なんでしょうけど、うまいこといっているのが「タルディーボ」ですね。ご本家はRadicchio Rosso di Treviso IGPです。ぜんぜん違いますね。「タルディーボ」= tardivo というのは「晩生」という意味ですから、これ自体では意味不明なんですけどね。

あんまりうまくいっていなさそうなのが「カステルフランコ」。ご本家はRadicchio Variegato di Castelfranco IGPです。このCastelfrancoがモロに地名なんですよね。だから国産のものを「カステルフランコ」と言って売るのはよくないかもしれません。

イタリア野菜ってのはこういうの多いんですよ、ほかに有名どころは Cipolloto nocerino DOP (ノチェーラ産チポロット)、Pomodorino del Piennolo del Vesuvio DOP (ヴェズーヴィオ産ピエンノロ・ミニトマト)、Pomodoro di Pachino IGP (パキーノ産ミニトマト)あたりでしょうか。フランスですと、Piment d'Espelette AOC (エスペレット産トウガラシ)がとくに有名です。

こうした有名どころは、種苗が一般に流通することはまれです。一般性のたかい品種をつかっていることもあるにはありますけど、その地域で「門外不出」みたいな扱いになっていることが多いですね。

おいおい、まきもの屋は「チポロット」をやっているじゃないかって? ご安心ください。"cipolotto"という語じたいは一般名詞なんです。DOPの対象はその正式名称であり、「ノチェーラ」という地名なんです。だから、まきもの屋のチポロットを「チポロット・ノチェリーノ」と表示したらアウトというわけです。そんなおっかないことできませんがな。

DOP、IGP、IGTといった保護制度は、野菜の場合ですと「青果物」にたいしてのもので、種苗の名称については保護対象となっていないんですよね。なので、San Marzanoという品種のタネはフツーに手にはいります。このあたりがムズかしいんでしょうね。品種名としてはOKだけど、青果物の商品名としてはアウト、ってところが。

日本で西洋野菜を栽培するというのは、本質的には「パチモン」つくりをやっていることなんです。身の程をわきまえなきゃいけません。ご本家にたいする敬意があってこそのものだと思うんですよね。他者を尊重しないというのは、自分が尊重されないということにつながります。ヨソの商品にたいしてぞんざいな扱いをするということは、自分の商品をも貶めることにほかならないんですよ。

"Choucroute"あるいはネオロジーについて(またしても語学ネタ注意)

てなワケでしつこく語学ネタです。じつはこのネタ、フランスの大学にいたとき、言語学の授業でフランス人の学生が発表したのを聴いたというヤツで、ワタクシのオリジナルじゃありませんし、そもそも専門的な辞書を引けばすぐにわかるものです。でも、けっこう好きなネタなのに前職では使う機会がなかったんで、書いちゃいますね(ようするに初級クラスじゃ難しすぎるネタなんですけど)。

アルザスの郷土料理に「シュクルート」(シュークルートのほうが一般的でしょうか…)というのがありますね。ソーセージやらのシャルキュトリーとあたたかくて酸っぱいキャベツの料理です。あ、ジャガイモなんかも入りますか。フランス語だと"choucroute"あるいは"choucroute garnie"です。"choucroute"は女性名詞です。

アルザスというのはドイツと国境を接した地方で、歴史的にはフランスだったりドイツになったりというのを繰りかえしてきた土地ですね。アルフォンス・ドデの『最後の授業』で有名ですね。

で、"choucroute"なんですけど、直接的にはアルザス語(方言というよりはブルターニュ語みたく独立した言語とあつかいたいところです)の"surkrut"が語源です。コレ、いうまでもなくドイツ語の"Sauerkraut"(ザウアークラウト=ザワークラウト)の方言です。

だいたいここまではよく知られたことなんで、読者諸賢には釈迦に説法でしょう。ここからなんですよ、語学好きにとってはたまらない世界が展開されますから。

まず、ドイツ語の"Sauerkraut"が男性名詞だということと、この語には「キャベツ」の意味をもった要素はないってことをアタマに入れておいてください。ちなみにキャベツのドイツ語は"Kohl"ですね。「コールラビ」の「コール」です。で、フランス語ですが、TLFi(Le Tésor de la Langue Française informatisé)をなんとWEBで見られるんで、そこからかいつまんでこの単語の歴史をご紹介させていただきますね。

まずスイス・ロマン語ですけど1699年に"surcrute"という用例があります。フランス語としては1739年"sorcrotes"、1768年"chou-croute"、そして1786年"choucroute"。だんたん現在の綴りになっていくのがよくわかりますね。で、途中から"chou"(シュー=キャベツ)の綴りがあらわれているんですよ。これがスゴイんです。なにしろ大元の"Sauerkraut"の"sauer"は「酸っぱい」くらいの意味なんです。「サワー」のことですね。そこに音の類似と、なにしろ現物がキャベツなわけですから、うまいこと"chou"をはめこんじゃったんです。ちょっと強引かもしれませんねぇ。でも、語学マニアにとってはこれだけでも感動モノです。

さらにおもしろいのは、1786年の用例ですと、コレ、男性名詞なんですけど、19世紀になるといまとおなじように"女性名詞"としてあつかわれるようになります。なんで? って思いませんか。もとの"Sauerkraut"は男性名詞。強引に入れた"chou"も男性名詞です。後半の"croute"ですが、アクサン(山型の記号)がないんで"croûte"(クルート=パイなどの皮、女性名詞)とはちがうはずです。って言うか、たんに音から綴りをくみたてただけみたいなんですよね。なのに、19世紀からこっち、どうも後半の"croute"が女性名詞っぽいからという理由で"choucroute"という語は女性名詞あつかいになったみたいなんです。

フランス語というかヨーロッパの言語の名詞の「性」というのは、われわれ日本人にはなかなか厄介でして、もともと性別のあるものはそれが男性なら男性名詞、女性なら女性名詞となるわけですけど、性別のないものをあらわす語はいろんな理由で男性名詞か女性名詞かが決まっていたりします。自然界のものであれば、アニミズム的な考えかたの名残がうかがわれるものもありまして、"soleil"(ソレィユ=太陽、男性名詞)、"lune"(リュヌ=月、女性名詞)とか"mer"(メール=女性名詞)なんかそうですね。関係ないですけど、フランス語で"mère"(メール=母)という語もありますが、このふたつよく見ると、「母」の中に「海」がありまして、日本語ですと「海」という語のなかに「母」がある、ということになります(すごく古典的なフランス語の授業の小ネタですね)。

それ自体が性別をもたないものや抽象的な事柄を表わす語については、綴りと音の関係で男性名詞か女性名詞かが決定されるというのがフツーです。なので、"choucroute"の場合も後半の"croute"が女性名詞っぽいということなんでしょうね。

合成語の性というのはなかなか厄介でして、たとえば"portefeuille"(ポルトフイユ=札入れ)という単語があります。男性名詞です。が、後半の"feuille"(葉、札などいろんな意味があります)は女性名詞。ところが前半の"porte"(何かを入れるあるいは運ぶもの、人)という意味の接頭辞がつねに男性名詞を形成することになっているので、これは男性名詞となっております。なんとなくイメージ的にも"portefeuille"って女性名詞っぽい気もしなくはないんですけど、男性名詞なんですねぇ。

"choucroute"という語はフランス語の歴史のなかでは比較的あたらしいものなわけですよね。19世紀くらいですと、プロシア人のことを"mangeur de choucroute"(シュクルートを食べる奴)なんて表現してますけど、ようするにパリを中心とした文化のなかにない語、概念だったわけです。そういうのを持ちこんでくる、あたらしい語をつくる、というのを"néologie"(ネオロジー)といい、そういうあたらしい語をつかうことを"néologisme"といいます。

言語は生き物みたいなもので、つねに変化しつづけながら生きています。だからネオロジーというのはしょっちゅう目にするわけです。ブリア=サヴァランはネオロジー好きで有名ですし、このBLOGでもよく名前のでるフランソワ・ラブレーもネオロジーというか造語の大家ですね。新語ですから定着しなかったら辞書にはのっていなかったりする、とても厄介なものです。ヘタをするとわからないヒト続出という表現なんです。でも、そういうのがないと、言語はそれまでなかった現実に対応できないんですよね。日本語でも「政治」「経済」「形而上学」そのほかものすごくたくさんの語が明治期につくられました。ようするに西欧の文明と接してそれに対応するために先人たちが苦労してつくりあげたネオロジーなわけです。その結果、半島はもとより中国語やヴェトナム語にまで明治期につくられた漢語は影響をあたえているといわれています。

ところで、フランスに行くと、日本みたいな平ぺったいキャベツはあんまり見かけません。サヴォイと、いわゆるグリーンボール・タイプばっかりですね。平ぺったいキャベツはヨーロッパではシュクルートみたいな漬物用なんですよ。フランスじゃほかにキャベツの漬物ってあるんでしょうかね? 日本だと「札幌大球」なんて品種は漬物用として有名ですね。あれは"Late Flat Dutch"系で、まさしく漬物のための品種を日本で定着させたものらしいですね。

この料理名のさらににすごいところは、"choucroute"=温かいキャベツの漬物、ですから、"choucroute garnie"は「つけあわせのあるキャベツの漬物」の意味なんですよね。言葉の意味からするとシャルキュトリーは添えものなんです。通常の料理の概念とちょうど逆になっているところが面白いんですね。こういうケースってあんまりないような気がするんですけど、どうなんでしょう?

決定的な差、あるいは「なんちゃって西洋野菜」からの脱出のために

語学ネタじゃないです。さすがにいささか過ぎたかようにも思うんで、たまには野菜のハナシをします。抽象的になっちゃうと思いますけど。

先日あるところでイタリア産のフィノッキオを味見する機会がありました。"Buonissimo!"のヒトコトです。香り、食感、甘さ、すべてがハイレヴェルでしかもバランスがいい。上質の食材というのはこういうのを言うんだとあらためて実感。

あれにくらべれば、まきもの屋のフェンネル(といってもフルサイズは産直限定ですが)なんか、まだまだです。ミニ・フェンネルもさらにいっそう品質に磨きをかけなきゃいけません。現状じゃなんちゃってだと認めざるを得ません。口惜しいけど素直にそう思います。

いちおうプロ、それも西洋野菜の専門家を自称していますんで、ただ「クヤシー!」ってだけで思考をストップさせるわけにはいきません。何が違うのか、どうすればいいのか考えます。いろいろあるんですよ、品種、土つくり、肥料、水分管理、温度 etc...

日本で西洋野菜を栽培するうえで、気候の違いというのはかなり高いハードルのひとつです。日本は雨季と乾季がヨーロッパと逆なうえに、夏と冬の気温差がケタ違いに大きいんです。イマドキはなかなか便利になりまして、WEBでヨーロッパの天気をかんたんに知ることができますけど、イタリアの冬場の最低気温なんか見るとかならずといっていいほど羨ましく思います。そのくらいおだやかなんですよ。

ようするに栽培環境が違うわけですから、それに適応できる品種が開発されればいいという考えかたもあります。じっさい、いまではすっかり一般野菜として定着したキャベツ、レタス、トマト、そのほかいろんな「元」西洋野菜というのは、かなり日本の気候で栽培しやすく品種改良がなされています。各種苗会社、試験場のブリーダーさんたちの努力の賜物です。

ただ、それを同時に、日本人の味覚にあうように、というのもあるんでしょうけど、たとえばヨーロッパのレタスとかキャベツ、トマトとはまったく別物になっています。一般野菜として考えたときはとってもいいことなんですけど、西洋野菜としてはちょっと具合が悪いんです。味が違いすぎるんですよ。

となると、その野菜を日本の気候に適応させるんじゃなくて、その野菜のもつポテンシャルをきちんとひきだせるような気候にしてやったほうがいい、ということになります。以前にも書きましたけど、雨よけハウス栽培に移行するのはその一環でもあるんです。日照時間と空気中の湿度はどうにもなりませんが、温度、水分についてはある程度は野菜本位で考えてやることができるようになります。

ウチではいわゆる「種とり」=自家採種はほとんどやっていません。これもいま申しあげたことと関係があるんです。種とりをつづけるということは、何代にもわたって同じ土地で栽培するということです。そうすると、やっぱりそこの気候とか土壌に適応しちゃうんですよ。で、長い目でみたら、結局は別物になっちゃう可能性が高いんです。

目標は「現地と同等以上の品質、味」ですから、なにからなにまでフランスなりイタリアに近づけていく、そういう考えかたです。だから、技術的な資料は原書に頼りっぱなしです。日本語でそういう文献がほとんどないという現状もありますけど、とにかくヨーロッパでの栽培方法をきちんと理解して、それをどう倉渕の気候条件のなかであてはめていくかというのが問題になるわけです。

野菜なんてのは何も考えずに種をまいても、いちおうそれっぽいものができることもあります。でも決定的な差がどうしてもあるんですよ。よくこのBLOGで「おもしろ野菜」とか「珍しい野菜」批判をしますけど、ポイントはそこなんです。なんとなく栽培しているだけじゃ、やっぱり「なんちゃって」なんですよ。

最終的にはその「決定的な差」をのりこえたものだけが評価してもらえると思います。こんなハナシがあります。いま国内でも栽培がすこし増えてきたある野菜、ある八百屋さんは原則的に輸入しか扱わないそうです。国産については取引先から「こんなの持ってくるな!」と言われちゃうとか。わかります? それが「決定的な差」なんですよ。「なんちゃって」じゃ使ってもらえないんです。使ってもらえないということは売れないということです。

プロとして西洋野菜を栽培するからには、栽培資料くらいは原書できちんと読むことが最低条件じゃないかと思っています。なーに、たいした語学力は要求されません。大学入試程度の英文読解力があるなら、辞書を引けるようになること、基本的な構文を理解することができるようになれば読めると思います。フランス語やイタリア語の初級って、やたらと動詞の時制にスペースを割いちゃってますけど、技術資料を読むには「現在形」だけでほぼOKなんですよ。

ありゃりゃ、野菜のハナシといいながら、また語学になっちゃいましたね。って言うか、フレンチやイタリアンの料理人さんは語学の勉強をなさっておられるわけです(個人差はかなりあるみたいですけど)。そういうプロの方たちに食材をご提供し、使っていただくわけですから、生産者としても、たとえばイタリア野菜をやるならイタリア語の初歩くらいはやっとかないとマズいと思うんですけどねぇ。「決定的な差」の壁をのりこえるには、まずはそのくらいはしないとねぇ。

アリアム・セパ? それともアリウム・ケパ? (しつこく語学ネタ注意)

またまたごめんなさい。フランス語、イタリア語ときて、ついにラテン語ネタです。こんなことばっかり書いていたんじゃお読みくださる方が減っちゃうのはわかってるんですけど、じつはあんまり気にしていません(笑。

野菜も植物ですから「学名」というのがありまして、ラテン語なんですよ。いえ、そのこと自体はいいんです。ただ、学名のラテン語って、日本だとやや英語風に読むのが比較的フツーのようで、たとえば"Pseudomonas"という細菌がいるんですけど、「シュードモナス」といいます。

植物の学名の読みかたをアカデミックに勉強したわけじゃないんで、どうも規則性というか読みかたのルールをよくわかっていないだけなんですが、たとえばタマネギの学名"Allium Cepa"なんかちょっと迷っちゃうんですよね。英語だと"um"の綴りは「アン」や「アム」のようになることが多いですよね。"Umbrella"とか"forum"とか…。ちなみに、フランス語だとこの綴りは「オム」になることが多いですね。"forum"は「フォロム」になります。まぁ、"album"なんかですと「アルボム」「アルバム」両方アリなんですけど。

なので、タマネギですけど、英語風にやるなら「アリアム・セパ」なんでしょうかね? でも、「アリウム」って言いますよね、フツーは。

古典ラテン語の綴りの読みかただと、だいたい「ローマ字読み」なんですけど、"h"は読まない、"y"はちいさい「ュ」みたいな音、"c"と"ch"は[k]、"x"は[ks]といったところが注意するポイントでしょうか。

そうそう、"u"と"v"は区別しないので、"v"は「ウ」になります。"Vinum"(ワイン)は古典ラテン語だと「ヴィヌム」じゃなくて「ウイヌム」みたいな読みかたになりますね。あるいは"via air mail"なんて英語表現がありますけど、この"via"はもともとラテン語で、「ウイア」(道)のことですね。じっさい、"uinum", "uia"の綴りになっているケースもあります。あと、イタリアの高級ブランドでBvlgariってありますよね。この"v"も"u"あつかいですね、現代イタリアの固有名詞だからラテン語じゃないですけど。

意外と"c"がクセモノでして、Cicero(キケロ)なんかわかりやすい例だと思うんですけど。なので、タマネギの"Allium Cepa"を古典風に読むと「アリウム・ケパ」になりそうなもんです。ネット検索するとたしかにあるんですけど、「アリウム・セパ」のほうが圧倒的にヒット数が多いんですよね…。

あるいは、日本の税関のサイトを見ますと、レタスの学名"Lactuca Sativa"は、「ラクトゥカ・サティヴァ」って表記しています。古典風に「ラクトゥカ・サティウア」じゃない。 でも、チコリ類の学名"Cichorium Intybus"は「キコリウム・インテュブス」と古典方式だったりします。

うーん、ようわかりません。上で例にだした細菌で"Pseudomonas Cichorii"(1)は? 「シュードモナス・チコリ」が多いと思うんですよねぇ。古典方式なら「プセウドモナス・キコリイ」なんでしょうけど…。

  • 注1) レタスやチコリ類の「腐敗病」の原因菌。

フィノッキオ・ベイビー? (またまた語学ネタ注意)

すみませんねぇ。なにぶん端境期でして、築地への出荷も一時お休みさせていただいているくらいで、現場のハナシはなかなかネタがないんですよ。で、困ったときの語学ネタなんですよね。

ウチの築地に出荷している商品は、シールや販促チラシにフランス語とイタリア語の表記を書くことにしております。なにもカッコつけてるわけじゃございません。お使いくださるレストランさんで料理名をフランス語あるいはイタリア語でお書きになられるときに、あったほうが便利かな? と考えてのことです。パッケージのシールなんてイチイチご覧にならないとは思うんですが…。

ミニ・フェンネルのフランス語表記は"mini fenouil"にすんなり決まりました。輸入モノの商品名が"Mini-fenouil"ですから。なんとなくトレデュニオン"-"をつけていないんですけど、なくてもべつに間違いじゃありません。

イタリア語で迷ったんですよ。"finocchietta"、"finocchio piccolo"さらには"finocchio baby"まであるんです。で、"finocchio piccolo"を採用しているんです。が、Clause Italiaがミニ仕立用の品種をだすというニュースがありまして、そこでは"finocchio baby"の表記なんです。

うーん、正直なところ迷っています。だって"baby"なんですから。モロに英語です。

イタリア語はフランス語とくらべると、英語をそのまま受けいれちゃう傾向があるようでして、有名どころだと"computer"(コンプータ)、UFO(ウフォ)なんかそうです。フランス語だと"ordinateur"(オルディナトゥール) "OVNI"(オヴニ)ですよね。あるいは、イタリアの列車で"InterCity"ってありますよね。コレはヨーロッパ各国共通の呼称ですけど、フランスのSNCF(国鉄)は"Intercités"としているみたいです(1)

イタリア語では小さいものを表わすのに"-ino"とか"-etto"のような"diminutivo"(ディミヌティーヴォ=縮小辞)を単語のうしろにつけるという、伝統的というか、いかにもイタリア語らしい方法があります。"telefono"(テレーフォノ=電話)にたいしてケータイは"telefonino"(テレフォニーノ)のように(2)。ちなみにフランス語だとケータイは"téléphone portable"(テレフォヌ・ポルターブル)ですね。 なんか"telefonino"のほうがかわいくっていいような…。この"diminutivo"って、かわいいもの、「○○ちゃん」みたいなニュアンスがあるんです。ミッキーマウスは"Topolino"(トポリーノ)と言いますけど、もちろんこれは"topo"(トーポ=ネズミ)が語源ですね。ついでですけど、フランスだと"Mickey"のまんまです。でも発音は「ミケ」でしたね(いまはどうか知りませんが)。

この縮小辞、とってもイタリア語らしくていいんですけど、外国人が使いこなすのはちょっと難しいんですよね。だから不用意に単語を合成するわけにはいきません。ちゃんと用例を確認しとかなきゃ不安で夜も眠れません。

なので、"finocchietta"なんかいいかなって思ったんですが、根元が肥大しないタイプのフェンネルを"finocchietto"と呼びますので、あんまりよろしくないんですよ。で、意味が確実に伝わるということで"finocchio piccolo"をいまのところつかっているんです。

イマドキのイタリア語としてはやっぱり"finocchio baby"なんでしょうね。 ネット検索すると"carota baby", "melanzana baby", "bietola baby"なんてのもでてきます。

ついでですけど「ミニ野菜」のことを"mini-ortaggi"(ミニ=オルタッジ)と言いますので、"mini-finocchio"もアリのハズなんです。このサイトでも初期はそう表記していました。

さらについでに、イタリアの"finocchio baby"、上でリンクを貼ったニュースによると100〜150gだそうなので意外とデカいですね。

  • 注1) いえ、かならずしもフランス語がものすごく意固地なわけじゃございませんで、「在庫あり」を"en stock"なんて表現しています。
  • 注2) "telefono cellulare"あるいはたんに"cellulare"ともいいます。というかコチラのほうが正式みたいですけど。

ある種の「ー」(長音)が気持ちわるい…(いうまでもなく語学ネタ注意)

ヒトリゴトなんでどなた様も気にしないでくださいね。

そもそも外国語の音をカタカナで正確に表わせるワケがありません。そんなことは百も承知のうえでつぶやいているんです。そのこと自体を議論しはじめたらそれこそタイヘンなことになります。もとフランス語教師としては「綴りのままでいいじゃない」とか「発音記号を覚えりゃいいじゃない」という、教師としてはゼッタイに口にできない本音だってあるんです。いまはもう教師じゃないから言っちゃいますけどね。

理屈じゃなく、たんに個人的な感覚としてどうもなじめないカタカナ表記ってのはあるんです。いえ、個人的なものですから、一般性はないと思います。そのままでいいんだと思いますよ。

何かっていうと、たとえば「プーレ」(poulet = 鶏)、「ブーダン」(boudin = 日本じゃ boudin noir が有名ですけど boudin blanc ってのもありますね)。気持ちはわかるんですよ。フランス語の"ou"の音ってのは日本語の「ウ」とはくらべものにならないくらい強い音なんです。カタカナで「プレ」と書いたのをフツーの日本語として読んでそれをさらにフランス語の綴りになおしたらたぶん"pelet"になっちゃいます。(発音記号で書けばいいんでしょうけど、文字コードの問題があるかもしれないんで)

フランス語もイタリア語もタテマエとしては「アクセント」は音の強さ(大きさ)じゃなくて長さで表現します。日本語は音の高低ですよね。フランス語のアクセントは「リズムグループの最終音節」と決まっています。"Poulet"は2音節で、あえてカタカナで書けば「プ」と「レ」ということになります。あとのほうにアクセントがくるわけですから「プレ-」くらいになるわけです(長音を半角にしたのわかります? )

いま「リズムグループ」という言葉をつかいました。これおおもとは言語学の用語だから一般にはなじみがないかもしれませんね。気になる方は東京外語大のサイトでも見て勉強なさってください。フランス語の発音についてとってもわかりやすく説明してくれています。まぁ、かんたんに言っちゃうと、「一息で言うコトバのまとまり」みたいなものです。

すごく昔のフランス語教材で、この「リズムグループ」に徹底してこだわったものがありまして、昔のものだからカセットテープなんですけど、課のさいしょに会話があるわけです。その会話のあとで、リズムグループだけを抽出して「ダダダダー、ダダダー」みたいな録音がはいっているんです。で、教室の学生はフランス語そのものの発音練習をするまえに、録音にあわせて「ダダダダー、ダダダー」とやるわけです。なかなかシュールな光景ですね。

ちなみに、この方式というのはじつに理にかなったものではあったんですが、この教材の場合はいささかやり過ぎというか、学習者が理解できりゃいいじゃん、という流れになったようで、その後これを全面的に踏襲する教材はなかったようです。それでも、各課の一部をこういうリズムグループの把握にあてている教科書はけっこうつくられました。

で、たとえば"boudin noir"ですけど、たとえばこれだけをリズムグループとしてとらえた場合は「ダダダー」なんですよ。「ブーダン・ノワール」ってやっちゃうと「ダーダ ダー」になっちゃう(さいごの「ル」は子音だけなんで「音節」としては「ノワール」でひとつなんです)。日本語のひらがな、カタカナは一文字一音節というタテマエですから、カタカナ書きはそもそも矛盾があるんです。あるんですけど、それでもねぇ。個人的には気持ちがわるいんです。ホント、個人的な感覚の問題ですから、「プーレ」とか「ブーダン」で平気だったら気にする必要はないと思いますよ。たんにクチコミサイトなんかでこういう表記をみて違和感を感じるというだけのはなしなんですから。

イタリア語の場合は、アクセントは語によって位置がちがいますけど、上に書いたように基本的には長音で表現することは一緒です。イタリア語文法で「リズムグループ」と呼ぶかどうかは知りませんが、フランス語とおんなじような性格はあります。たとえ"trattoria" という語。単独だったらもちろん"ri"にアッチェントがきますんで「トラットリーア」になります。が、"trattoria XXX"みたいな店名だと、これ全体でひとつのリズムグループということになるんで、"XXX"のほうにアッチェントがきます。そうすると前半は「トラットリア」みたいな発音になるわけです。

ただ、イタリア語はフランス語ほど「ダダダダダダダダー」みたいな単調なリズム構造じゃないんで、「ダダダ-ダダダッダーダ」といった感じにはなりますね。このへんはフランス語よりも母音の出現頻度が多いという言語の性格にもよるんだと思います(1)

このリズムグループ、あえてゆっくり発話する場合なんかは単語単位に分解されちゃったりしますんで、単語ひとつひとつがそれぞれ独立したリズムグループになって、それぞれに長音があらわれちゃったりします。テレビとかラジオの語学講座で、ナチュラルスピードとゆっくり発音するのと両方聞かされたときになんか違和感を感じたことってありませんか? どっか違うような…という。これ、もっぱらリズムグループのとらえかたによるアクセントの変化が原因なんですよね。

フランス語の"poulet"にもどしますと、コレ、日本のフランス語フランス文学業界にも責はあるんですよね。20世紀の文芸批評家に"Georges Poulet"というひとがいまして、「ジョルジュ・プーレ」と表記するのがフツーなんですから。たぶん、上に書いたようにカタカナの「プレ」だと"pelet"みたいに聞こえちゃう、という配慮だったと思います。そのくらい"ou"というのは強い音なんですよね。ちなみに、この"ou"の音はマンガのタコの口にみたいにして響くように発音します。さらに口をすぼめて思いっきり前につきだして、大昔のマンガの「チュー」をするみたいな口にすると"u"の音になります。"Selles-sur-Cher"(セル=シュル=シェール)ってチーズの"sur"の音ですね。

  • 注1) イタリア語って促音=ちいさい「ッ」があるんですよね。そういうところが好きです。ちなみに、フランス語では厳密にいうと促音はありません。「バルザック」なんて表記してますけど、たぶん「なんとなく」促音をつかって表記してます。というか、ほんとに厳密にいうと、リズムグループの最後の長音てのはたんに長い音だけじゃなくて「休符」というんですか、瞬間的な無音状態もセットになったりするんですよ。

Escris çe que vouldras

なんかワケわかんない横文字のタイトルでひいちゃいますよね。いいんです。それがこのエントリのテーマですから。タイトルですけど、前のエントリでもちょっと言及したラブレー『ガルガンチュア』のおわりの方で、主人公ガルガンチュアが建立させたテレームの修道院のただひとつの規律"Fay çe que vouldras"(欲っすることを為せ)のもじり。"Escris"は"Écris"(エクリ=「書く」の命令法、つまり「書け」)の昔風の綴りです。

ようするに、「好きなことを書け」というわけです。BLOGなんて、好きなことを好きなように書くのがいいと思うんですよ。もちろん他人様に迷惑をかけちゃいけません。反社会的な内容はもってのほか。名誉毀損、誹謗中傷、営業妨害の類も論外です。きちんとしたロジックのある「批判」とか「批評」ってのはアリだと思うんですけど、世の人々の読解力が落ちているのか、どうも枝葉末節の表現ばかりに拘泥して気分を害する方もいらっしゃるようなので、そのへんはなかなか難しいですね。

だいたい、BLOGというのは特定の誰かにむけて書くものじゃないですよね。特定の誰かに伝えたいことがあれば直接伝えればいいんですから。そりゃ、ネタを考えるときに他人様のサイトとかBLOGからインスパイアされたり、意識的にネタをいただいたり、ということはあります。ただ、「話題」には著作権はないんですよね、だから自由だと思うんです。それに、議論しようというのであれば、相手にその旨を伝えるのがスジというものですから、勝手に書いているぶんには、基本的には無関係なんだと思います。

このサイト、サーバのアクセス統計でみるとユニークホスト数がこのところ1日に100〜150あります。ユニークホストというのはこのサイトにアクセスしてきた相手のIPアドレスがいくつあったか、という意味です。1日にどれだけの「ひと」がアクセスしたか、という数字です。ただ、このなかには検索エンジンのロボットみたいな人間じゃないのも相当数混ざっていますから、それを差しひいて考えなくちゃいけませんね。数えたわけじゃないんですが、3割以上は「人間じゃない」アクセスだと思います。

いつもご高覧くださっている好事家諸賢には感謝のかぎりですが、まぁ、実数としてはそんなに人気のあるBLOGでもございませんから、田舎(というか山の中)の百姓オヤジの戯言なんか、たいして影響力もないでしょうし、歯牙にもかける必要ないですよね(1)

それが証拠に、ほ と ん ど コ メ ン ト が つ か な い、んですよ。トラックバックだってスパムしかこないし、たんなる飾りですな。

それでいいんです。

だいたい、「好きなことを好きなように書」かせていただいておりますんで、わかっていただこうという努力はこれっぽっちもしておりません。そんなこととてもじゃないけどロハじゃできませんがな。だから、多くの方にとってはかなり理解しにくい文章だと思います。それに、理解したからってとりたてていいことなんかないと思います。だって百姓オヤジの戯言なんですから。そんなわけで、皆様、今後とも生暖かくスルーなさってくださいな。

  • 注1) 議論をしたり話題にする必要もないということ。もとは漢籍ですね。噛み付くとか牙でバリバリ喰うようにやっつけちゃうって意味じゃないですよ。
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