野菜にはあまり旅をさせたくはない
偽らざる本音である。が、哀しいかな、そうも言っていられないのが現実である。築地に出荷していると、大阪や北海道の業者さんが買ってくださり、転送するというはなしを市場の担当氏からよく聞く。もちろん、こちらとしては買ってくださるのはじつにありがたい。ただ、群馬から出荷された野菜が東京を経由して、たとえば北海道まで行くというのは、あんまりピンとこないのだ。
生産者は市場の視察というか見学に行く機会はけっこうあるのだが、その市場から先となると、流通というのは複雑すぎてなかなかわからない。まきもの屋がそうだ、というだけじゃなくて、一般的にいえることじゃないだろうか。正直なところ、築地に出荷して、そこからさらに大阪や北海道まで運ばれるときくと、かなり微妙な気分になる。
野菜というのは、収穫後の管理、予冷、輸送時の状態、その後の保存のしかたなどで、日持ちがおおきく変わってくる。おなじ野菜でも季節によってちがう。だから、いちがいに「品質保持期限」とか「賞味期限」を設定することができない。あくまでも「常識」の範囲内で、「通常」の保存状態であれば、これくらいは大丈夫だろう、ということしかいえない。これが厄介である。いまどきは「常識」がなかなか通用しないし、そもそもほかに比較するもののすくない、流通量のあまりない西洋野菜だと、「通常」というのがはっきりしない。結局のところ、生産者としてはベストの状態のものを出荷して、「なるべく早く使ってくださいね」としか言えないのである。
野菜が届いてみたら、傷んでいたというのはよくあるはなしだ。が、確実に言えることは、まともな生産者であれば、傷んだ野菜を出荷することはあり得ない。じゃあ何が問題なのか。輸送環境が原因のこともある。使い手に届くまでの時間が問題の場合もある。いわゆる「荷傷み」、つまり振動や衝撃による物理的な破損というのをべつにすれば、野菜の傷みというのは、たいていはカビと腐敗である。原因菌はいたるところに偏在しているわけだが、畑で野菜に菌がとりついている場合もあって、そういうのは「病気」とよばれている。有名なのは球レタスの内部のトロケ。生産者のあいだでは「タール」と通称している「腐敗病」という病気である。Pseudomonas chicoriiという細菌が原因である。これがレタスの葉表面にとりついて増殖し、なんらかの傷や葉の気孔などから内部に侵入して発病する。発病するというのは、トロケがはじまるということである。むずかしいのは、菌じたいはどこにでもあるもので、その数(菌密度という)が発病にかかわることである。この発病メカニズムについては、論文がネットで見られたと思うので、興味があるむきは確認されたい。そんな細菌なんて、肉眼でわかるものじゃない。それに、出荷時には問題とならない程度の菌密度であっても、出荷後の温度、湿度、時間の経過によって、菌が増殖して発病することだってある。そういうのもぜんぶ含めて、「トロケ」といって生産者にクレームがくるのだから、たまったものじゃない。
こういうのを完全に防ぐには、商品を無菌状態にすればよい。が、それはすなわちポストハーベスト農薬をつかうということである。完全な無菌状態にするためには、相当に強い殺菌剤をつかわなければならない。それはイヤでしょう。そもそも現実的ではない。そうなると、野菜の傷みについては、ある程度「寛容」になってもらわなくてはどうようもないのである。じっさいには、ひとつ傷んでいたら、ケース全体が腐っていたかのようなクレームがくる。生産者に非がないと思われるようなケースもしばしばだという。ようするにクレームする側が無知なのか、品がないのだが、市場に出荷しているかぎりはお客さんをこちらが選ぶことはできないから、我慢するしかないのである。
もっとも、まきもの屋じしんは、こういうことで不快な思いをしたり、返品や赤伝票をもらって損をした経験は数えるほどしかない。ただ、あんまりこちらの想像をこえた流通プロセスというのは、リスクが増えるだけなので、うれしくないのである。フードマイレージなんてことを言う以前に、じぶんの作った野菜が、できるだけよい条件で、できるだけはやく使い手のもとに届いてほしいと思う。まきもの屋の野菜を築地で群馬のスーパーが仕入れて、高崎市内で販売されたという、笑えないようなケースもあったらしい。群馬→築地→群馬と旅をしたことになる。「おかえりなさい」と言ってやるべきだったかな。市場の担当氏が笑い話的に伝えてくれたことである。
たいていの野菜にとっていちばんいいのは、収穫してその日のうちに調理して食べることである。だが、これはなかなかむずかしい。せめてもというか、産直の「おまかせ西洋野菜セット」はお届け先を、翌日配達可能な地域に限定させていただいている。
むかしは「四里四方」のものを食べるべし、なんていったらしいが、いまでも、数百kmくらいがせいぜいじゃないか。西洋野菜にかぎっていうと「地産地消」を実現しようもない田舎に住んでいると、立場上なかなか声を大にしていえないのだが。




