Archive for November 2008

じつにいろんな野菜があるもんだ

2009年の栽培計画が固まったので、品目数をごくおおざっぱに数えたら50ちかくあった。トマトはトマト、ビーツはビーツとしてひとつで数えたのにこれだけたくさんになった。じっさいの「商品」として数えるとゆうに100は越すことになる。小規模な一軒の農家でこれだけの種類になる。しかも自家用の一般野菜は勘定に入れていない。

一般野菜についていえば、農水省が定めた「指定野菜」14品目と「特定野菜」約30品目がある。これらは、ごく一般的なものである。指定野菜はハクサイ、キャベツ、ダイコン、ホウレンソウ、サトイモ、タマネギ、ネギ、レタス、キュウリ、ピーマン、ナス、トマト、ニンジン、ジャガイモである。特定野菜はいちいち写すのも面倒なので興味あるむきは各自お調べいただきたい。極端なはなし、これだけあれば充分と思われるくらいである。すくなくとも日本の食文化の大勢に影響するのはこうした 一般野菜である。

でも、まきもの屋が栽培しているような西洋野菜をはじめ、じつにいろんな野菜が商品化され、あるものは定着し、あるものは消えていく。国内で流通している野菜の一覧であれば、市場でつかわれている「商品コード」の表をみるのがいい。が、こんなもの、専門家以外には用がないだろう。いま注目の野菜というのであれば、 こちらのサイトの販促リーフレット "Concierge" の "Back Number" が参考になる(Flashサイトなので直リンクはできないようになっている)。

いまどきは、あんまりにもいろんな野菜があるから、いちいち憶えきれないくらいである。まきもの屋のように野菜の栽培を仕事にしていてもそう感じるくらいである。もっとも、植物としてまったくの「新種」の野菜というのはそうそうはない。たいては既にあるものの品種ちがいとか、交配による新品種といったものである。増田採種場のヒット商品で「プチヴェール」という野菜があるが、これはケールと芽キャベツの交配によるものだという。ケールも芽キャベツも学名でいえばBrassica oleraceaであって、おんなじものである。もちろん、食べ物としてみたときには、プチヴェールはまぎれもなく新野菜である。

商品としての「新野菜」というのは、なにも植物の科とか品種がちがうということではなくて、既存のものについて、栽培方法を変えたり、利用方法を変えたりということでも成立する。まきもの屋も栽培している「ミニ・ポワロー」は別名「ポワロジューヌ」とか「ポアロジュンヌ」などともいわれる(八百屋さんはたんに「ジューヌ」とよぶことが多いようだ)が、ようするにポワロー(リーキ、ポロねぎ)の若どりである。タネじたいはまったく同じである。もちろん、ミニ・ポワロー栽培に適した品種というのがあり、いっぽうで大株のポワローにするのに適した品種もある。が、けっきょくのところ、どんな種苗会社のカタログを見ても「ミニ・ポワロー」のタネは載っていない。

巷にあふれる「ミニ」なんとか、というのは本質的には「新野菜」というよりは「新商品」である。まきもの屋がちかごろ出荷をはじめた「ミニ・ビーツ」もそうである。野菜としてみたとき、ミニであろうとなかろうとビーツに変わりはない。ただ、通常サイズのビーツというのは下処理に時間がかかるし、そのまま皿にのせるのはちょっとためらわれるような野暮ったいものでもある。ソースなどに色をつけたいというだけの場合など、使いたいのはほんの少量だったりする。そんなことから、ミニ・ビーツの需要がうまれ、商品化されたのだと思う。まきもの屋のミニ・ビーツの特徴は、3色セットであるということ、これに尽きる。これまでのところ、ミニ・ビーツといえばデトロイトだけだったようなので、そういう意味では3色セットというのはめずらしいと思う。やろうと思えば4色セットもできなくはない。ただ、4色めは「白」なので、あんまり魅力がないような気がしているだけである。いってみれば「すきま」狙いの商品であって、3色セットのビーツなんて、その気になれば誰でも栽培できるだろうから、大規模な生産者が参入してきたらまきもの屋なんかひとたまりもなく吹っとぶだろう。そのときはさっさと撤退することになる。

Agriculture Raisonée (4) -- 自然ナントカのこと

これまで、「有機」と「特別栽培」について問題点を整理してみたつもりだが、こういう国が定めた規格、ガイドラインで「望ましくない」とか「禁止」とされている表現があって、その代表が「天然」と「自然」である。「自然栽培」なんてのはたしかによろしくない。栽培というのは人為にほかならないわけで、そもそも「自然」と相反するはずなのに、「自然」といっていかにもいいようなイメージを見るものに抱かせる、たんなるインチキである。

もっとも、こういう言いかたをすると、「自然農」も否定しなければいけないみたいだが、あれはたしかに野菜にかんしてはいろいろとおかしなところはあるけれど、すくなくとも福岡正信が確立した「クローバー緑肥、不耕起、無肥料、直播き、無農薬」のコメの栽培システムは理にかなったところもある。なにしろイネはチッソの要求量がすくないから、古くからの田んぼであれば、マメ科が空気中のチッソを固定したり、用水からごくわずかでも養分が流入するなどしておぎなわれ てイネの栽培にひつような肥料分の収支がバランスとれたりするのである。このあたりのことは西尾道徳『有機栽培の基礎知識』(農文協)にくわしい。

ただ、おなじ「自然」をうたっているものでも、「肥毒」ということばがでてくるものはちょっとちがう。このコトバは、岡田茂吉という宗教家がいいだしたもので、いわゆる「自然農法」の特徴でもある。もっとも、こちらの系統の「自然農法」は「肥料は毒」といいながら、植物性の堆肥や残渣をもちいたり、EMボカシをつかったり、ちょっと一貫性がなかったりする。不思議なのは、「化学肥料は毒」というのならまだわかるが、畜糞をもちいた堆厩肥も毒とするところである。糞だから汚いという発想なのだろうか。ふつう堆厩肥にもちいる畜糞というのは、飼料として植物質のものがつかわれている。抗生物質やらなんやらということをべつにすれば、植物を食べた動物の糞はいけなくて、植物そのものを畑に投入するのはいい、という理屈がわからない。

もうひとつ「肥毒」といえばさいきん一部で話題の「無肥料栽培」もそうである。これなんか「元素転換」なんてことをいうから、かなり眉唾ものではある。これにかぶれている方々は、だいたい、ごく特定の品目しかでてこないことに疑問をもたないのだろうか。耕起するというところはちがうけれど、肥料がらみの理屈としては、福岡正信のイネが無肥料でできたこととおなじである。これに加えて、野菜の種子を環境に適応するように自家採種するところがミソである。トマトやニンジンなんか、もともと肥料要求がすくない。まきもの屋のことしのトマトは、じっさい、無肥料だった。それで充分な収量があがった。そういうものなのである。誰も肥料なんかやらない原っぱの雑草はよく育つ。でも、おなじ雑草が肥料を投入した畑ではどうなるか。ふつうは、もっとよく育つ。そもそも野菜というのは、自然に自生していた植物を長い年月をかけて人間が食用に適するように育種改良しつづけたものなのである。まるっきりの自然のものではない。極端な例でいえば、たとえば玉レタスのような結球野菜を無肥料でつくってみたらいい。運がよければミニミニレタスができるだろうが、それが限界である。苦くて食べられたものじゃないだろう。

さて、表示の問題だが、「自然」ナンタラとかというのは、商品としての農産物に表示するのはいけないということになっているが、「自然農」とか「自然農法」をやっています、みたいな商品そのものについての表現でなければまったく問題はない。「有機」にしても、商品につける表示としては認証をとっていなければならないが、まきもの屋が所属している「JAはぐくみ倉渕有機部会」みたいな組織の名称はJAS法とはかんけいがない。このあたりが一般のひとびとにはわかりにくい原因のような気もしないではない。

内実はどうであれ、「無肥料栽培」というのは、じつによくできた表示である。じじつ肥料をつかっていなければ、そのとおりだからまったく問題ないはずである。しかもコトバとしてインパクトがある。「無農薬」が事実上禁止された表現になってしまったのにたいし、こちらは野放しである。もっとも、そんなことを言うまえに、某大手野菜宅配業者がつかっている「低農薬」という表現のほうが問題だろう。農水省がこれを放置しているのが不思議でならない。

Agriculture Raisonée (3) -- 特別栽培のこと

なんとも奇妙なコトバである。個人的にはどうも好きになれない。が、そんなことはともかく、有機JASは規定がきびしいから、従来の「減農薬」とか「減化学肥料」みたいなものにあたるものについては、こういう表示をしなさい、と農水省が決めたものである。詳細は農水省のサイトにある特別栽培農産物に係る表示ガイドラインをお読みいただきたい。

例によってじつにわかりにくい文書であるが、ポイントは、作目ごとにその地域「主として都道府県単位」での農薬と化学肥料の使用について「標準」というのがあって、それよりもすくない使用であるなら、こういう表示をしてもよい、ということである。ここで、「無農薬」「減農薬」「減化学肥料」の表示はするな、ともいっている。

注意すべきは、これは農水省の「通知」であって「法令」でもなければ、ましてや「法律」ではないことだ。つまり、法的拘束力はまったくないはずなのである。が、現状ではこれに従わないと「指導」がはいったりするということも耳にする。結果的にはおかしな表示を排除するわけだから、とてもいいことなのだが、農政が迷走しつづけている現状からすると、いかがなものかという気もしないではない。

奇妙なことに、法的根拠もなにもないただの「ガイドライン」のはずなのに、有機JASと同様の「認証」がはびこっている。たいていは都道府県ごとに「認証」制度があって、群馬県の場合だと、3人以上おなじ品目を生産する農家がまとまれば、その「認証」をうけることができるようになっていたと思う。制度は県がつくったものだが、じっさいに「認証」をするのは県から指定された「第三者機関」である。たとえていえば、ソムリエの資格とにている。法的根拠なんかないわけだから、日本ソムリエ協会のおこなっている試験に合格していなくたって、「ソムリエ」を自称しても法的に罰せられることはない。もちろんソムリエの資格なんかはきちんとしたものだろうけれど、特別栽培の場合は複数の「認証機関」がやっているわけだから、なんとも不安な気分になる。 だいたい、有機JASだって、認証機関ごとに使用できる資材について解釈、判断がちがったりするから、制度としてはやっぱり問題があるのだろう。

さて、農薬にかんしていえば、都道府県ごとに「標準」とされている防除回数と比較してそれよりもすくなければ「特別栽培」の表示をできる、ということだが、それって単に「現状」でおこなわれているものとの比較にすぎず、科学的な根拠とか理由づけがなにもないのはおかしなことだと思う。要するに「少なければそのほうがいい」という安易な発想なのである。もっとも、農協によっては、防除回数とか使う薬剤まで規定があって、その通りにしないと出荷できないなんて話もあるようだから、そういう意味でムダな農薬の使用を減らす意味はあるかも知れない。

もうひとつ、この「特別栽培」は西洋野菜のようなマイナー品目のことはいっさい考えていないことにも注意すべきだろう。なにしろ、生産者があまりにも少ないから、「標準」なんてないのである。で、どういうことが起きるかというと、たとえば長ネギとリーキは栽培特性や期間、病虫害がやや異なるにもかかわらず、農薬の適用上はリーキはネギとしてあつかうから、長ネギの防除や施肥の「標準」と比較して、リーキの「特別栽培」表示が可能になる。こういうのは制度の「抜け穴」みたいであんまり感じがよくない。まきもの屋が栽培している商品名「ビエトラ(ブレット)」も野菜としては「ふだん草」だから、おなじことが可能かもしれない。もっとも、群馬では「ふだん草」はほとんど栽培されていないから、そもそも特別栽培の表示をするための施肥と防除の「標準」なんて定められていないんじゃないか。

マイナーな西洋野菜ばかり栽培しているいまとなっては、「特別栽培」にはご縁がないのだが、「特別栽培農産物に係る表示ガイドライン」が2006年に改正される以前にまきもの屋が出荷につかっていたダンボールには「特別栽培農産物」の印字がされていて、当時つくったダイコン用平箱が数百枚いまものこっている。ビエトラ(ブレット)などを入れるのにちょうどいいから使っているが、念のため「特別栽培農産物」の「特別」の部分は消してから出荷につかうようにしている。結果、「栽培農産物」というなんともおかしな印字になってしまっているが、いまのところ問題はないようだ。

アントシアンとアントシアニン

野菜の代表的な色素である。ちょっと必要があって調べてみた。Wikipediaによると、アントシアンは植物の赤、青、紫の水溶性色素の総称であり、 アントシアニンはそのなかで、アントシアニジンをふくむ配糖体だという。つまり、アントシアニンのことをアントシアンといってもさしつかえはないが、アントシアニンではないアントシアンもあるということか。なかなか厄介である。

アントシアンは一見、「シアン」ということばから毒のように思えるが、ここでいうシアンは色のことである。カラープリンタのインクはCMYK(シアン、マゼンタ、イエロー、黒)だが、その意味での「シアン」である。ちなみに、紫陽花の毒は「青酸配糖体」という説もあるが、じっさいのところよくわかっていないらしい。猛毒の青酸は「青」といっていながら無色透明らしい。

Agriculture Raisonée (2) -- 有機JASのこと

前回、総花的に長々と書いて、本題にはいるまえに打ちきってしまったのだが、読みなおしてみるとあまりにもわかりにくいような気がしてきたので、"agriculture raisonée"とまきもの屋の農業のはなしをするまえに、何回かにわけて、いくつかの項目について整理をしておこうと思う。まずは、いちばん関心がたかいであろう「有機」から。

いま、日本国内で商品としての農産物に「有機」の名を冠する、つまり「表示」をするためには「有機JAS」規格にのっとった生産をおこない、それを第三者機関から「認証」をうけていなくてはならない。有機JASマークがついていない商品は、「有機」といって売ってはいけない。マークがついているということが、第三者機関の認証をうけているということをあらわしている。これをまもっていないものはJAS法違反ということになる。

さて、「有機」とは何か、「有機JAS規格」の内容はどういうものか、ということについては、あんまり知られていないようである。農水省のサイトに、「有機農産物のJAS規格」がPDFで公開されているので、お読みいただきたい。お世辞にもわかりやすいものではないが、「有機」に関心をもっておられる食のプロの方には是非とも理解していただきたいと思う。

とくに注意していただきたいこと、もっとも重要なポイントは、「有機JAS」においては「有機」≠「無農薬」ということである。つまり、有機JASは一部の農薬の使用をみとめているということだ。これは規格文書の「別表2」にリストアップされている。そのなかには、まきもの屋がつかっているBTやボルドーなどもふくまれている。BTは微生物、ボルドーは銅剤であって、食品衛生法にもとづく残留基準でも対象から除外されているものだ。が、法律上はやっぱり「農薬」である。もちろん、「農薬」をまったく使用しないということもあり得るわけだから、ひとくちに「有機JAS」といっても、その商品の内容にはいろいろあるということになる。

つぎに重要なのは、ほかのJAS規格が商品のクオリティにかんする規格であるのにたいし、「有機JAS」は生産方法にかんする規定であって、商品のクオリティについてのものではないとうことである。理屈のうえでは、「有機JASだからおいしい」ということはまったく保証されていない。さらに言うと、規格じたいは、「安全」であることも、「安心」であることも保証していない。たんに、商品が「有機農産物」であると表示するための条件を規定しているにすぎないのである。

じゃあ、「有機農産物」の本質とはなにか、もっと言えば「有機農業」とはどういうものなのか、じつのところいろんな定義があるのだが、「有機農業の推進に関する法律」というのがあって、そこでしめされているから、これを読むのが手っとりばやいだろう。なにしろ国が公式にしめしている定義なのである。いわく、「この法律において「有機農業」とは、化学的に合成された肥料及び農薬を使用しないこと並びに遺伝子組換え技術を利用しないことを基本として、農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行われる農業をいう」。あれ? 「安全」ということばがないじゃないか。ご安心いただきたい。別の条文で「消費者の安全かつ良質な農産物に対する需要が増大していることを踏まえ、有機農業がこのような需要に対応した農産物の供給に資するものである」と書いてある。

「有機農業」が化学肥料、化学合成農薬、遺伝子組換え技術をつかわない、というのは、国際的にコンセンサスのとれた理解といっていい。が、有機農業の歴史からすると、農薬の問題というのはあとからついてきたものである。そもそも、いまの有機農業の考えかたの基本となっているのは A.ハワード(Albert Howard)の業績である。このひとは20世紀前半、UKの植民地であったインドの農業試験場の研究者であった。当時は農作物の肥培管理についてはリービヒの無機栄養説が農業現場に急激にひろまっていった時期である。ハワードはそのアンチテーゼとして、腐食、かんたんにいうと堆肥をもちいることで、結果的に化学肥料よりも収量があがったり、作物が健康に生育するから農薬は必要ないということを実践をもとに説いたのである。ハワードの主著、 An Agricultural Testament と The Soil and Health は著作権が切れているので、ネット上でも公開されている。それぞれ『農業聖典』、『ハワードの有機農業』の題名で邦訳もでている。有機農業に関心をお持ちの方には是非とも読んでいただきたいと思う。

まきもの屋の個人的な考えとしては、「有機栽培」の本質はあくまでも「味」であって、「安全」とか「環境保全」といった特質は付随的なものというか結果的にいわゆる「慣行農法」との比較の問題にすぎない。かならずしも科学的に証明されたわけじゃないが、経験的にいって、化学肥料をつかったものと有機肥料をつかったものとでは、やっぱり味がちがうのである。

ところで、有機JASというのは、きちんと「認証」をうけさえすれば、国外で生産されたものでもいいことになっている。じっさい、ちょっと古い数字だが、2002年の時点では、輸入が国産のおおむね5倍を占めていた。いまはもっと多いはずである。これをどう考えるか、むずかしいところだろう。

Agriculture Raisonée (1)

まきもの屋の野菜を市場でよく仕入れてくださっているM食品の社長さんと電話で話していたときのこと。

「(まきもの屋の野菜を)減農薬といって売って問題ないかね?」とたずねられた。

「ちょっとまずいでしょうね、特別栽培ガイドラインでその言いかたは『望ましくない』とされているし、いまどきは農水省もこういうのにうるさいから…」

「じゃあ、ほかに何かいい表現はない?」

「いまの制度では、ウチの野菜については『特別栽培』も『有機』も言えないんですよ」

「でも、普通よりも農薬が少ないというのは事実でしょ?」

「そうなんだけど、『特別栽培』は地域ごとの標準というのがないと成りたたないから、マイナー野菜はそもそも『標準』がない時点でアウトなんです。『有機』はJAS認証をとらないといけないけれど、生分解マルチをつかうと認証がとれないんですよ」

「お客さんの要望がつよくてね…。せっかく面白いモノをつくっているんだから、何かわかりやすい、いい表現があるとなあ…」

「いまの時点では、肥料や農薬の内容をご説明してご理解いただくしかないと思うんですが…」

「ま、とにかく何かうまいい表現を考えてみてよ。よろしく」

たしかに、まきもの屋では、原則的に有機肥料のみをつかっているし、農薬の使用は最小限の回数だし、ほとんどは有機JASで許容されているものや、特別栽培で「化学合成農薬」としてカウントされないものをつかっている。でも、いまの制度に照らしあわせると、「有機」はおろか「減農薬」ということもできないのである。結果として、「ごくフツウの野菜」ということにならざるを得ない。

この問題、語りだすとキリがないというか、一般のかたがたにはとんでもなくムズかしいはなしになってしまうかもしれない。そのへんご容赦の程。

「有機」「無農薬」「減農薬」…たしかにこういった表現はわかりやすい。が、わかりやすいものほど、きっちりと定義され、それを守らなければムチャクチャになってしまう。そういう意味で、農水省の方針はただしい。いっぽうで、農薬=悪というような思いこみみたいなものが一般にはびこっているのも問題なのである。ひとくちに「農薬」といったって、じつにイロイロなのだ。かの有名なジクロルボス(DDVP)みたいな有機リン系のものもあれば、BTのような微生物もある。天敵昆虫も製品として売られているものは「農薬」である。もっと身近な例だと、アブラムシ対策としてデンプンでできたものもある。デンプンなんて常識的には「クスリ」じゃないのだが、やっぱり「農薬」なのである。こういうのをぜんぶひとくくりにして「農薬」というのは、農薬取締法の定義にもとづいている。でも一般のひとはそんなことは知らない。だから、農薬=毒だと思いこんでいたりする。たしかに毒性がそれなりに高いものもあるが、ぜんぶじゃないということは無視されているわけだ。

じつのところ、レタスとキャベツを中心に栽培していたときは、こういう表現にかんする問題にけっこう関心があった。「特別栽培」の表示くらいきちんとしようと考えたこともある。が、マイナーな西洋野菜に経営をシフトしてからは、ほとんど意識がいかなかった。なぜなら、マイナーな野菜というのは、使っていい農薬がほとんどないからである。農薬というのは作目と病虫害ごとに「適用」というのが定められていて、その内容が「登録」されている。このクスリはキャベツにつくアブラムシに対して使用していいなどと表示されていて、これを守らないと農薬取締法違反になってしまう。よくしたもので、「野菜類」という適用項目があって、たいていの野菜がこれにふくまれている。ただ、「野菜類」の適用で登録されているクスリというのはそんなに多くはないし、概してクスリとしては弱かったり、ボルドーのように散布回数をたくさんこなさなければ効果がなかったりもする。結果的には、「野菜類」の適用のあるクスリは、多くが有機JASでも使用をみとめられている。これだけ制限がきびしいのだから、いちいち減農薬だのなんだの考える余地なんかないのである。西洋野菜を栽培していると、たいして使える農薬がない、好むと好まざるとにかかわらず、有機JASにちかいものになる、そうせざるを得ない現実というのがあるわけだ。

IPM(Integrated Peste Management, 総合的病虫害管理)という考え方、技術がある。病虫害の防除というのは、なにもクスリをつかうだけじゃなくて、いろいろな方法がある。ムシが発生する時期を避けて栽培するとか、病気にたいして抵抗性のある品種をつかうとか、防虫ネットを張るとか、いろいろである。全面マルチだって、高畝による排水とポリマルチをつかうことによる雑草抑制、土の跳ねかえりを減らすことで病原菌が野菜につきにくくするという意味で効果がある。病虫害の防除は耕種的防除、物理的防除、化学的防除、生物的防除というぐあいに分類されているわけだが、一般的に「農薬」をつかうというのは化学的防除のことを指す。もっとも、BT剤や天敵製剤は生物的防除にあたるし、デンプン製剤は物理的防除に分類できなくもない。ともかくも、病虫害は農薬でたたく、という単純な発想じゃなくて、いろんな方法を総合的に組みあわせることで効果をあげようというのである。原理主義的な「有機」農法だって、化学的防除以外の方法は駆使するわけで、まるっきり無防備なわけじゃない。というか、すぐれた「有機」農業の技術というのは、まさにIPMの粋(ただし化学的なものをのぞく)といってもいいものである。

ムシが発生する時期を避けて栽培するというのは、古くからいう「適期適作」というのにあたる。そもそも栽培「しない」というのは、最大の防除である。だが、これをやっていては消費者、流通のニーズにまるっきり応えられないのも事実である。

一般のひとびとが「農薬」をきらうのは、「化学的に合成された毒物」というイメージからだろう。たしかに毒性のそれなりにつよいものもある。が、上で述べたように、農薬取締法にもとづいて「農薬」とされているものには、化学的なものだけじゃなくて、生物的防除などにあたるものも ふくまれているわけだ。そういうことは一般にはまったく知られていない。だから、BT剤を散布することと、DDVPを散布することのちがいというのをまったく理解してもらえないのである。

日本の農薬取締法と、食品衛生法にもとづく残留基準(いわゆるポジティヴリスト)というのはじつに厳しい。すくなくとも農薬をただしくつかっているかぎりは(=農薬取締法を遵守する)、基準値を上まわるような残留はまずあり得ないとされている。しかも、食品衛生法にもとづく残留基準の数値というのは、石橋を叩いて叩いて、さらに鉄骨で補強をしているくらい、安全係数をかけている。農薬(というか化学物質)の「毒性」というのには、ADIという慢性毒性をあらわす数値とLD50という急性毒性をあらわす数値がある。農薬の残留基準については、おもにADIのほうが問題となるわけだが、この数値は、生涯にわたって毎日摂取しつづけて影響のない量をあらわしたものだが、どうやって決めてあるかというと、まずマウスなどで動物実験をして、悪影響がでない量というのをだす。それに「安全係数」というのをかけてみちびきだす。これは、実験動物とヒトでは「種」がちがうからとりあえず1/10の数値にしておく。ヒトには個人差があるから、念のためさらに1/10にする。つまり、動物実験ででた値の1/100という数値になっているわけだ。これはあくまでもADIであって「残留基準値」ではない。農作物の農薬残留基準値は、AIDの原則8割以内になっているという。だから、よく残留基準を越える農薬が野菜から検出されて回収騒ぎになっても、当局から「健康に影響はない」なんてコメントがでるなんて、一般のかたがたには理解しがたい事態となる。基準値の100倍以上の濃度で残留したものを、「平均以上」の量を「毎日」摂取したとして、健康に影響がでる可能性がある、という意味の数値だからである。

それぞれの野菜ごとに、農薬の化学物質名がリストアップされて、それぞれに基準値がきめられているわけだが、さらに、とくに残留基準をもうけられていないものについては一律、0.01ppm以上の残留があってはいけないことになっている。0.01ppmというのは、農薬の残留にかぎっていえば、事実上かぎりなくゼロにちかい数値である。ADIなんか関係ないのである。ようするにほんのちょっとでも、使われているはずのない農薬が検出されたらアウトということだ。だから、健康被害があるとかないとかにかかわらず、回収ということになる。そういうきまりなのである。きまりはきまりだからきちんと守らなくてはいけない。ここのところをルーズにやっていたら、それこそとんでもない結果になってしまう。

こういう農薬の問題というのは、けっしてわかりやすいものではない、というか、誰にでもわかるというようなものではないだろう。でも、だからといって、「無農薬」=「安全」なんて思うのはたんなる無知蒙昧、幻想というよりは妄想である。有機≠無農薬ということさえも理解せずに、「安全」をウリに「有機野菜」をつかった料理をだしたがるなんて滑稽でさえある。素人がじぶんで食べるためだけならいいのである。そんなのは勝手だ。だが、料理をつくることを仕事にしているのであれば、そんなレヴェルでは無責任としか言いようがないんじゃないか。商売だから儲けるためならなんでもいいというのなら、モラルそのものが問われるだろう。

はなしが小難しいままに脱線してしまったが、農薬取締法と食品衛生法にもとづく安全基準で、農薬をただしく使用しているかぎりは、健康にまったく影響はない、と政府が保証しているのである。ところがそのいっぽうで、政府お墨付の「有機JAS」と「特別栽培ガイドライン」なんてものがある。「有機」と「特別栽培」は表示に混乱があったり、優良誤認をさせたりする不届きな商品があったりしたために、そういう表示をしたいのならこういうきまりをつくったから従いなさい、 というものである。が、政府お墨付の「有機」なんて規格があって、「有機農業の推進にかんする法律」が成立してしまったものだから、「有機」のほうがより安全みたいなイメージを一般にあたえてしまっているんじゃないか。

はじめに述べたように、現行の「有機JAS」や「特別栽培」の制度にたいして、まきもの屋の野菜はうまくマッチしないという事情がある。だからどんなに農薬の使用がすくなくても、あるいはまるっきり農薬をつかわなくても、「農薬」がらみのことをウリにはできない、というかあんまりそういうことはしたくない。農薬取締法をきっちりと守っていればそれで充分じゃないか、という思いはある。

そうはいっても、商売なんだから、M社長のおっしゃるように、何かうまい表現があってアピールできればそれにこしたことはない。でも、「環境保全型農業」にしても、「持続可能な農業」にしても、あるいは上述のIPMにしても、いまひとつ訴求力がないし、一般にはまったく知られていない表現だったりする。フランスだと、AB(有機、Bioともいう)とはべつに、"agriculture raisonnée"というのがある。日本語だと「論理にもとづいた農業」「根拠のある農業」とでもなろうか。ようするにムダな農薬の使用はしないということなのだが、その内容はひとまず置いておくとして、じつに上手い表現だと思う。"Raisonné(e)"という形容詞は"raison"(理性、理由、道理)から派生した語で、"raisonnablement"という副詞は「理性的に」「節度をもって」という意味でつかう。なんだか、理屈っぽいまきもの屋の農業をいいあらわすためにつくられたコトバのような気がしてくる。が、あまりにも長くなってしまったので、本題の、"agriculture raisonnée"については近いうちに続編を書こうと思う。

虎の巻

Cl. Chaux et al., Productions Légumières, Lavoisier, 1994, 3vol. まきもの屋の座右の書というか枕頭の書というか、虎の巻というかアンチョコというか、とにかく便利な本である。3冊セットなのだが、残念ながら第2巻は現在品切れのようである。なにしろ、植物としての特性からはじまって、ヨーロッパでの生産状況、品種、作型、肥培管理、防除、出荷規格までじつによくまとまっている。

第1巻は概論、第2巻は葉茎菜、第3巻が果菜となっているが、じつはこの第2巻がいちばん重要というか、重宝するのである。収録されているものを書き写してみると、chou pommé, chou de Bruxelles, chou chinois, chou-fleur, chou brocoli, cresson de fontaine, navet, radis, persil, fenouil de Florence, céleri à côtes, céleri-rave, carotte, épinard, poirée ou bette à cardes, betterave potagère, mâche, laitue, chicorée, endive ou chicorée Witloof ou de Bruxelles, pissenlit, artichaut, cardon, scorsonère ou salsifis noir, asperge, poireau, ail, oignon, échalote、この巻だけで639ページある。図表はあるが写真はまったくない。かんぜんにプロ向けの「専門書」である。

フランス語の本なので、あくまでもフランスの気候にもとづいている。日本で栽培するにあたっては、このあたりを充分に勘案しないといけない。なにしろアチラは夏に乾燥して、冬場は曇りや雨のおおい土地柄である。気温だけをみていてはまちがえる。さらに、季節ごとの日照時間が日本とかなりちがうことを忘れてはいけない。土壌のちがいというのは如何ともしがたいのだが、日本が酸性にかたむきやすいのにたいし、むこうはpHが高めである。そういうちがいを念頭において読むわけだから、とおり一遍の読書ではすまない。Poireauのセクションなどは何十回読んだかわからないくらいである。

フランス語の本では、Guide Clause-Vilmorinや、Victor Renaud, Tous les légumes, Ulmer, s.d. あたりも便利なのだが、いかんせん家庭菜園というのを前提にしているので、営利栽培にはむかない点もおおい。

イタリア野菜については、I.G.PやD.O.P.をとっているものはたいてい規格文書がWEB上にあるので、これを見るのが手っとりばやい。なにしろ栽培方法まできっちりと規定されているから、読みようによっては栽培マニュアルとして利用できるのである。

チコリア・カタローニャ

なんのことはない、プンタレッレ(Puntarelle)の脇芽である。が、そもそもプンタレッレというのは、チコリア・カタローニャ(Cicoria Catalogna)の花芽を指すわけで、北イタリアなどでは葉を食べる野菜なのである。プンタレッレとして花芽を珍重?するのは元来はローマ近辺であって、そういう意味でプンタレッレ=ローマの地方野菜となっている。

プンタレッレは花芽がメインだから、はっきりいって葉に用はないのだが、抽苔するまえ、つまり花芽ができるまえであれば立派なチコリア・カタローニャである。株そのものは売りものになるから大事にしなければならないが、脇芽であれば自家用に食べてもさしつかえない。しかも美味である。というわけで、夕食の材料となる。さっと茹でてからアンチョヴィ味にソテーして、Maiale al fornoのコントルノにする(なんのことはない。豚ロースにハーブをすりこんでオーブンで焼くだけである)。ほんとうはMaiale ai ferriがいいのだが、炭火をおこすのが面倒なのでこれは却下。