牛の角
偶々、友里征耶氏の数年前の文章を読んで、「あぁ、ワイン通と呼ばれる人でも、農業についてはあんまりご存知ないんだなぁ」と思い、ちょっと解説をしてみることにする。いわゆるビオワインについての文章でこんな表現があった。
ビオには以前書きましたように2種ありまして、 減農、有機栽培などのほか、 月の満ち欠けや牛の角の入れた牛糞をまくオカルトチックな手法[以下略]
文章の趣旨はビオワインの微発泡のことなので、枝葉末節というか、重箱の隅をつつくわけだが、「減農」=減農薬、有機栽培、ここまではどなたでも理解できるはず。「月の満ち欠け」はシュタイナー系のビオ・ディナミック農法が代表的か。まぁ、ビオ・ディナミックは「オカルトチック」ともいえなくもない。ヨーロッパの有機農業じゃ一大勢力なんだけどね。
で、問題は「牛の角」である。これはなにもビオ・ディナミックの専売特許なんかじゃない。牛の角を粉にしたものは、乾燥させた家畜の血とともに、化学肥料が普及するまでヨーロッパでは肥料としてもっとも一般的に用いられていたものなのひとつなのである。
そういう意味では、「オカルトチック」じゃなくてむしろ伝統的な手法といってい。ただ、ビオ・ディナミックのひとたちがそれを前面にだしていたというだけのことだと思う。
ところで、「オカルトチック」といえば、野菜の「無肥料栽培」のほうがよっぽどオカルトめいていると個人的には思う。「肥料は毒」というだけでもかなーり疑問だが、元素転換なんか持ちだされちゃかなわない。だいたい、「肥料は毒」といいながら、植物残渣は畑に返すなんていうんだから、そうとうにインチキである。植物残渣を堆積して発酵させたものが、狭義の「堆肥」であることをどう考えるというのか。
こういうのが「料理通○」みたいな、料理人さんがお読みになる雑誌で紹介されていたりするからなお性質がわるい。いや、結果としての無肥料栽培の農産物じたいがどうの、ということではない。ニンジンとかトマトみたいに、肥料要求の低いものなら、現実問題として無肥料での栽培はそんなにむずかしくないんだから、品質に問題があるとか、こっそり肥料をやっているんじゃないかなんて疑惑はまったくないはず。
ただ、あの独特の思想というか信仰みたいなものを、いかにも素晴らしいものであるかのように紹介されると、かなーりマズいんじゃないかと思う。それだけのことである。




