Archive for July 2009

牛の角

偶々、友里征耶氏の数年前の文章を読んで、「あぁ、ワイン通と呼ばれる人でも、農業についてはあんまりご存知ないんだなぁ」と思い、ちょっと解説をしてみることにする。いわゆるビオワインについての文章でこんな表現があった。

ビオには以前書きましたように2種ありまして、 減農、有機栽培などのほか、 月の満ち欠けや牛の角の入れた牛糞をまくオカルトチックな手法[以下略]

文章の趣旨はビオワインの微発泡のことなので、枝葉末節というか、重箱の隅をつつくわけだが、「減農」=減農薬、有機栽培、ここまではどなたでも理解できるはず。「月の満ち欠け」はシュタイナー系のビオ・ディナミック農法が代表的か。まぁ、ビオ・ディナミックは「オカルトチック」ともいえなくもない。ヨーロッパの有機農業じゃ一大勢力なんだけどね。

で、問題は「牛の角」である。これはなにもビオ・ディナミックの専売特許なんかじゃない。牛の角を粉にしたものは、乾燥させた家畜の血とともに、化学肥料が普及するまでヨーロッパでは肥料としてもっとも一般的に用いられていたものなのひとつなのである。

そういう意味では、「オカルトチック」じゃなくてむしろ伝統的な手法といってい。ただ、ビオ・ディナミックのひとたちがそれを前面にだしていたというだけのことだと思う。

ところで、「オカルトチック」といえば、野菜の「無肥料栽培」のほうがよっぽどオカルトめいていると個人的には思う。「肥料は毒」というだけでもかなーり疑問だが、元素転換なんか持ちだされちゃかなわない。だいたい、「肥料は毒」といいながら、植物残渣は畑に返すなんていうんだから、そうとうにインチキである。植物残渣を堆積して発酵させたものが、狭義の「堆肥」であることをどう考えるというのか。

こういうのが「料理通○」みたいな、料理人さんがお読みになる雑誌で紹介されていたりするからなお性質がわるい。いや、結果としての無肥料栽培の農産物じたいがどうの、ということではない。ニンジンとかトマトみたいに、肥料要求の低いものなら、現実問題として無肥料での栽培はそんなにむずかしくないんだから、品質に問題があるとか、こっそり肥料をやっているんじゃないかなんて疑惑はまったくないはず。

ただ、あの独特の思想というか信仰みたいなものを、いかにも素晴らしいものであるかのように紹介されると、かなーりマズいんじゃないかと思う。それだけのことである。

アンデスレッドのイン・パデッラ

なんのことはない。鴨のコンフィを焼いた脂で、5mmほどにスライスしたアンデスレッドを弱火で蓋をしてじっくり焼いただけ。ニンニクも一緒に焼けばよかったかな…。こういう、あんまりにもシンプルな料理だと、野菜の味がよくわかるような気がする。

よく、一枚の皿のうえに、いろんな種類の野菜が「つけあわせ」で載っている写真をみるが、そういうのってどうなんだろう…? 個人的には、何を食べさせたいのかよくわからない印象がある。そういうのにかぎって、野菜の種類が多いわりには全部グリルとかオーブン焼きだったりして…。

それぞれの野菜で最適な加熱温度と時間はちがうわけだけど、ぜんぶコントロールできているんだろうか…。いや、そんなに難しいことじゃないから、手間を惜しまなければどうということはないんだが、オペレーションの問題としてどうなんだろう、と余計な心配をしちゃうわけである。

もっとも、そういう、野菜が「とっちらかった」ような料理ってのは、やっぱり共通の傾向があって、ある種のステレオタイプみたいな気がする。かならずといっていいほど、ムダな焦げ目をつけちゃったり、それこそホウレンソウを下茹でなしでパリパリに焼いちゃうとか。

よく料理を「再構築」するなんて言いかたをするけど、一枚の皿のうえでは、やっぱり構造というか体系みたいなものがあって、個々の構成要素をむすびつける力学はあるんじゃないだろうか。単純に、いろんな種類の食材が「等価」にのっているのはちょっとメリハリがないというか、ヘタをしたら「カオティック」なんじゃないだろうか。

そんなことを考えると、まきもの屋の如き料理の素人には、複数の野菜を一枚の皿の上に載せるなんて高度なことはとてもとても…。種類が多ければいいってわけじゃないんだと強がってみる。あるいは一点豪華主義といいたいところだが、ジャガイモじゃねぇ…。でも、この皿にタマネギとかミニ・ポワロー、ミニフェンネル、アリコ・ブールあたりぜんぶ一緒に載せても料理としてはイマイチに思うんだがいかがだろうか。

これはプンタレッレではない

2009/11/14追記;いずこも考えることはおなじようで、プンタとして栽培したものの外葉を「プンタリーフ」の商品名で販売しているそうです。まきもの屋の商品名は「チコリア・カタローニャ」ですが、ようするにほぼおんなじものですね。


タイトルはルネ・マグリットの"Ceci n'est pas une pipe"(これはパイプではない)のもじり。それはともかく、夏にプンタレッレなんてあり得ないのである。プンタは冬の野菜。冬の厳しい倉渕だと晩秋が旬。

どうも誤解されることが多い、かわいそうな野菜である。チコリエ(チコリ類)にはいろんな種類があって、見た目もさまざま。いわゆる「チコリ」や「トレヴィス」もチコリエの一種。そんななかに、チコリア・カタローニャ"cicoria catalogna"という、水菜のような巨大な蒲公英のような葉のかたちをした種類がある。チコリア・カタローニャというのは葉を食べる野菜なわけだが、これが晩秋くらいになると花芽をつける。ある程度の寒さのなか、花芽がじっくりと成長するから、ホワイトアスパラガスにもちょっと似た見ための茎がボコボコっと芯にできてくる。これを「プンタレッレ」(puntarelle)という。

ローマの冬の味として知られるプンタレッレは、花芽というか茎のやわらかいところを裂くようにして水にさらし、くるくるっと丸まったのをアンチョヴィベースのサルサでいただく。

チコリア・カタローニャにも品種がいくつかあって、プンタレッレにするのはとくに立派な花芽をつける品種である。ほとんどは葉がギザギザ(frastagliata)なんだが、ちょうど水菜にたいする壬生菜のように、葉に刻みのないものもあって、"foglia stretta"という。

それはともかく、プンタレッレ用の品種であっても、晩春、夏、初秋は、プンタレッレにはならない。立派な花芽をつける前に茎が伸びてしまうからである。こういうのは「プンタレッレ」とは呼ばない。たとえちょびっと花芽があったとしても、あくまでも「チコリア・カタローニャ」なのである。だから、「プンタレッレ」と表示するのはよろしくない。

そもそも、花芽を食べるプンタレッレはローマの地方野菜である。イタリア全国レヴェルでいったら、もっぱら葉を食用とするチコリア・カタローニャのほうが一般的で、なにしろ周年栽培されているくらいである。

花芽がでていないか、あるいはごく小さい花芽しかないチコリア・カタローニャは、芯のところの柔らかい葉は生でもおいしいが、基本的には加熱調理に適している。プンタレッレと誤解してサラダ野菜として扱うのは不適切である。下茹でしたものをアンチョヴィ味などで炒めて、そのままコントルノ(つけあわせ)にするか、ピツェッテの具にするといい。

というわけで、今日のポイント

  • プンタレッレはチコリア・カタローニャの花芽(とくに立派なもの)のこと
  • チコリア・カタローニャは本来、葉を食べる野菜で、加熱調理が基本
  • プンタレッレはローマの地方野菜。チコリア・カタローニャはイタリア全国区
  • プンタレッレは晩秋から初春までが旬、というかその時季でないとプンタレッレにならない。
  • チコリア・カタローニャはイタリアでは周年供給されているとってもポピュラーな野菜

むかしの某首都圏国立女子大学食における「リゾット」の謎

以下、家人による聞き書きである。

すごーくむかし、バブルの頃、某首都圏国立女子大の学食の「リゾット」というときたまあるメニューというのが、チキンライスにクリームシチューのかかっているものだったらしい。すごいよね。どこが「リゾット」なんだかまったく意味不明。焼いていないドリア? 実物を知らないからわからないけど、とにかくヤバイものだったらしい。

その後、大学生協の学食は「カフェテリア方式」で統一されちゃったみたいで、たぶんいろんなものが外注になったので しょう、学校毎の特色みたいなのがなくなっちゃったらしいんだが。

ほかに壮絶だったのは「カレーの食べ放題」というものらしい。場末の商店街の大売り出しよろしく、1回かぎり「好きなだけ」皿にご飯とカレーをじぶんで盛り放題というものだったそうだ。いまの家人からすると、うら若きオニャノコがじぶんで大盛りカレーをよそっている様は「すさまじきもの」らしい。飯を杓文字でペタペタしたくらいは可愛いものらしい(業平は悪者かい?)。

まきもの屋じしんは、学食というとなによりもまずパリのCité universitaireのそれを思いだしてしまう。1年くらい自炊するとき以外はそこで日々の食事をしていたんだが、はっきりいって、この体験でフランス料理、というかフランスの食べ物が嫌いになった、そのくらいインパクトがあった。

それはともかく、上記の「リゾット」って何? いや、バブルの頃はイタメシブームでもあったわけで、それっぽかったら何でもOKみたいな風潮もあったし、いまみたく「現地」のイタリア料理を知る人もすくなかったはず。でもねえ。

家人いわく「悪い夢だったと思いたい」料理らしいんだが…。真相をご存知の方はご一報いただけると幸いである。

アンデスレッドのグラタン・ドフィノワ

グラタン・ドフィノワについてはずいぶん前もに書いたんだが、やっぱりアンデスレッドをつかうのがいい。これならタマネギだのチーズだので旨味を補う必要なんかない。ジャガイモ、牛乳、生クリーム、ナツメグ、ニンニク、塩、コショウだけでおいしくできる。ほんとうは"lait entier"をつかえば生クリームもいらないんだが、このあたりは日本の乳製品だとフランスとかなり味わいがちがうので、むずかしいみたいだ。

さんざっぱら試行錯誤して、メークイン、ダンシャク、キタアカリ、みーんな失格。ようするに、ある程度キメの細かい粉質で旨味のしっかりしたジャガイモがいいということである。ためしていないが、インカのなんたらは多分よろしくない。あれは甘すぎるから。

誤解しないでほしいのだが、なにもアンデスレッドがいちばんおいしいということを言いたいのではない。ただ、ジャガイモ500g、牛乳と生クリーム各200ml、ニンニク一片、ナツメグ、塩、コショウ、180℃のオーヴンで50分というルセットだと、アンデスレッドをつかうのがいちばんおいしいと個人的にそう思っているだけのことである。

こういうのを「こだわり」という。じつにつまらない枝葉末節に拘泥するという意味である。いまどきは「こだわり」という語の意味がややちがってきているようで、まきもの屋も「こだわりの生産者」なんて形容されることもあるし、なにより、出荷している築地市場のセクションというか売場は「有機こだわり農産物コーナー」、通称「こだわり」だったりする。いや、そういう言葉尻にはこだわりませんので、何とでもおっしゃってください(笑。

まぁ、グラタン・ドフィノワには「こだわり」があるわけで、グリュイエールなんか使ったものは断じてこの料理名を謳っていただきたくないものである。そういうのはグラタン・サヴォワイヤール(gratin savoyard)という。それはそれでおいしければいいんだが、ドフィノワじゃないということ。いえ、たんなる個人的な「こだわり」なんで、ご一笑に付されますよう。

トマト・グロゼイユにかんする若干の蘊蓄

「最新情報」のページでもご紹介したが、ようするに「マイクロトマト」の類似品である。英語名"currant tomato"、フランス語で"tomate groseille"。イタリア語でどういうのかは知らない。イタリア語で"pomodorino"という言いかたはあるが、これはどちらかというと「ミニトマト」相当。英語の"currant"、フランス語の"groseille"、つまり「スグリ」はイタリア語で"ribes"というが、これはスグリの学名そのまんま。まさか、"pomodoro ribes"とはいわないんじゃないかと思う(と思ったんだが、こういう言い方がいちおうあるみたいだ。ただ、一般的に通じるかどうかは知らない)。

じっさいのところ、イタリアにはこんなもの存在しないか、あってもごくごく「珍野菜」の類にすぎないはず。ただ、ガストロノミーの世界だと、イタリア料理といえども、かなーりグローバリズムがすすんでいるみたいなので、フランスと同様にこういうのを素材としてとり入れている可能性はある。が、まきもの屋は勉強不足でそこまでキャッチアップできていないから、やっぱりわからない。

ところで、学名は"Solanum pimpinellifolium"。一般的なトマトのほうは学名"Solanum lycopersicum"または"Lycopersicon lycopersicum"である。ようするに、ちょっとだけ違うということになる。

よく「トマトの原種」みたいなことをいわれるが、厳密にいえばこれはまちがい。たんに他の多くのトマトとは別系統なだけである。トマトは16世紀にヨーロッパにもたらされたものが、18、19世紀にせっせと品種改良されて発達した。USの「エアルーム」とよばれる品種群にも、逆輸入じゃないけどヨーロッパを経由してUSで固定化されたものはけっこうあるようだ。

で、"currant tomato"はというと、アメリカ大陸からでずに発達した系統で、メキシコ系といわれている。だから、「より原種に近い」ということはできるかもしれないが、原種そのものじゃない。チンパンジーをヒトの「祖先」とはいわないのとおなじである。

それはともかく、日本では愛知産のものが「マイクロトマト」の商品名で売りだされてずいぶん経つし、かなり巷間でも定着してきたみたいである。

まぁ、こんなもの、USではめずらしくもなんともないらしい。「野菜」としての流通についてはわからぬが、種子はけっこういろんな品種がでまわっている。

使いかたは、いまのところ料理の彩りくらいみたいだが、皮がかなりしっかりしているから、コンフィ(油煮じゃないよ、ピクルスのほう)にしてもおもしろいだろう。また、3つ4つといちどきに口に放りこんでプチプチとした咬みごたえもなかなか楽しい。

まきもの屋の「オニォン・ミニマル」(直径1cmくらいのミニミニ赤タマネギ)とちょうどおなじくらいの大きさだから、「トマト・グロゼイユとオニォン・ミニマルのタルトレット」なんかいかがだろうか? もちろん前菜としてであるが。アパレイユをどうするかが問題だが、タマネギのタルトかキッシュみたいして、上にトマト・グロゼイユとブランシールしたオニォン・ミニマルをびっしり敷きつめたりすれば、なかなかいい感じでトマト・グロゼイユが味のうえでもアクセントになるんじゃないかと期待するんだが…。試作する暇がないので、思いつきだけでご容赦いただきたい。まぁ、現状じゃとんでもない原価になっちゃって現実的ではないかもしれないけど…。

「マイクロトマト」ご本家はどうかわからぬが、すくなくともその類似品については、これから安価に出まわるようになるだろうし、なかなか面白い素材だと思うんだが、いかがだろうか?

〆パスタって…

以前にこのBLOGでも嘆いたことなんだが、exciteニュースの広告記事によると、お酒のあとにラーメンならぬ「〆パスタ」というのがどうも増殖せんばかりのようだ。

なんだかなぁ。それじゃあ、いつまでたっても無限に食事がつづいちゃうみたいだ。パスタは〆じゃなくてプリモなんだから、このあとにセコンドがつづいて、きっとまたそのつぎにパスタ、そのあとセコンド…。

パスタを麺としてとらえているから、きっとラーメンからの類推でこんなことになっちゃうんだろう。ようするに、スパゲッティ=うどん、タリアテッレ=きしめん、カッペリーニ=そうめん、なんでしょう。パスタ pasta は麺というよりも、粉を練ったものなんですが…。フランス語だと"pâte"ですな。人間、知っていることしか理解できないというひとつの証左でしょう。

いや、真面目にイタリア料理にとりくんでおられる料理人さんが気の毒でならない。お客様あっての商売とはいえ、〆にパスタなんて要求されちゃけっこうなストレスだろう。そうでもないのかな、けっこうな数のお店が「シェア」=おとりわけ、を容認するどころか、それを標準にしちゃってたりするんだから。そんなの「イタリア料理」としてはあり得ないはずなんだから、おなじく驚愕に値する「〆パスタ」だってぜーんぜん問題ないということになるんだろうか。

それにしても、「居酒屋喰い」しか出来ないとは…。料理そのものがどんなに「本物」でも、そんな食べかたじゃイタリア料理のようなものでしかないですな。食材を提供する側としてもモチベーション下がりまくり…。

顧客のニーズに応えるのがもっとも大切なのはあたりまえなんだが、たんに顕在化しているニーズばかりじゃなく、潜在的なニーズをひきだせるような「提案」をどれだけできるか、というのが問題だと思うんだけど…。こういうふうにお召しあがりになるとより食事をお楽しみいただけますよ、と。でも、食べかたっていうのは、その人の「育ち」がモロにでちゃうから、けっこうむずかしいんだろう。強制なんてできるわけないから。まぁ、皆さんお好きになさってください。

インゲンのサラダ、トロペーア風味のヴィネグレット

あいかわらず盛りつけは雑だし、トロペーアのアッシェなんていいかげんなものである。べつにトロペーアじゃなくても、エシャでもいいと思う。こういう使いかたのばあい、トロペーアであることの必然性って、ほんとに微妙な香りのちがいくらいしかないと思う。ただ、ふつうのタマネギじゃ絶対に不可だろう。そう考えると、やっぱりトロペーアがいいんだろうか…? 頭がグラグラしてきた。

やっぱり緑あっての黄色

アリコ(インゲン)のことである。アリコ・ブール単独でもいいんだが、やっぱり緑あっての黄色というか、一緒のほうが映えると思う。じつは微妙に味わいがちがうんだが、べつにそれを強調するような仕立てにする必要もないだろう。アリコ・ブールはたんに「彩り」を添えるということで充分のような気がする。

今シーズン、まきもの屋はアリコ・ヴェールの市場出荷はないが、サヤの細い「つるなし」タイプのインゲンは東北産を中心にけっこう出まわっているらしいから、そちらをご利用いただければと思う。

ぜひ、柔く茹でてご利用いただきたい。充分に火を通したほうが、ほのかな甘みが引きだされておいしいと思う。ちなみに、アリコ・ヴェールのほうは"nutty"な味わい。国内他産地の「つるなし」タイプのインゲンの味については、食べたことがない(あったとしても意識したことがない)のでよくわからない。

どうでもいいことなんだが、よく雑誌などでは、インゲンの「尻尾」をつけたまま皿に盛られているのを見かけるが、あれはどうしてなんだろうか? ふつうは食べないでしょ? って言うか、食べようと思えば食べられるけど、口に障る。鮮度感とやらのアピールなんだろうか? だいたい、尻尾までおいしいインゲンなんて存在するんだろうか? こんど食べてみるか…。

さらにどうでもいいが、上の写真をみて「また鴨のコンフィか」というツッコミはなしにしていただきたい。常備菜というか、インスタント食品みたいなものなのである。忙しい時期はけっこう重宝している。あんまり続くと飽きちゃうのが欠点だが…。

看板を掲げるということ

まきもの屋は西洋野菜の生産を看板に掲げております。だから、産直の「まきもの屋の自家用野菜セット」以外では、一般野菜、とくに和モノは基本的に出荷しておりません。

フランスでは日本野菜がちょっとしたブームで、"mizuna"とか"komatsuna"なんかもガストロノミックなお店であたりまえのように使われているようです。だから、水菜や小松菜をフランス料理店にお送りするセットのなかにお入れしても、お使いいただけるとは思います。でも、そうしません。ダンボールのスペースに余裕があるときに、「まかない用にどうぞ」ということでお送りする程度です。

たとえていうなら、フランス料理の看板を掲げているお店で、パスタランチやハンバーグセットがあって、それもタラコスパゲティや和風ハンバーグだったりするといささか複雑な気分になるわけです。お客様のニーズにお応えするのはまことに結構なんですが、すくなくとも「フランス料理」じゃないことだけははっきりしていたほうがいいでしょ、と思っちゃうんですよ。

だから、看板が「洋食」とか「欧風料理」なんかだったら、まったく違和感はありません。ようするに「フランス料理」という看板が問題なわけです。そりゃ、フランスの学食には、パスタもありますし、パリにある「イタリア料理店」はけっこうな割合で事実上、パスタとピザ屋みたいになっています。宅配ピザ屋さんもけっこうありますし。カフェなんかでは"steak haché"というハンバーグみたいなのはとってもポピュラーです。このあたりの事情は日本と似ていなくもありません。

ただ、こういうのをひっくるめて、「フランス料理」の看板のもとで提供しちゃうと、お客さんはフランス料理というものを誤解しちゃうかもしれないじゃないですか。そういう意味では個人的にはあんまり好ましくないと思っています。

むかーし、教師をしていたころ、授業中の雑談で「イタリアにはタラコ・スパゲティは ないよ、あれは完全に日本のもの。ボッタルガをつかったパスタはあるけどね」という話をしたところ、かなりの数の学生に思いっきり驚かれたことがあります。「ウッソー! イタリアにはないんだ! ヘンなの!」と。まぁ、いわゆるFランクの学校でしたけど。

常々申しあげておりますが、日本では「フランス料理」「イタリア料理」は異国の食文化なんですよね。異文化なわけですから、まずはきっちりと理解することが必要でしょう?

ただ、こういうのってあくまでも原則論にすぎないんですよね。商売なわけですから、レストランさんだったら、お客様のニーズにお応えする、それによって集客力をあげていくのがいちばん大切です。まきもの屋の場合ですと、マルチカラード・チャードなんか、たしかにイタリア、フランスでもありますが、どちらかというとUS系の野菜なんですよね。それなのに市場ではブレット(ビエトラ)よりも人気があったりするんで困っちゃっています。イタリア、フランスではブレット(ビエトラ)のほうがポピュラーだし、こっちのほうが味はいいんですよ、ホントに。

マルチカラード・チャードにしろ、いま雨よけハウスに植わっているマイクロ・トマトにせよ、西洋野菜であることに変りはないんで、それはそれでいいんですが、まきもの屋のロゴには"ortaggi italiani", "légumes français"って書いちゃってるんですよね。ただ、イタリア系、フランス系のものにかんぜんに絞りこんじゃうと、 ビジネスとしてはまことに難しくなってきます。これじゃぁ、フランス料理店さんのパスタランチを批判できません。というか、もとより批判できる立場にないんですよね。こちらからすればお客様なんですから。

ただ、個人的な体験として、「なんちゃってフランス料理」とか「なんちゃってイタリア料理」にあんまりにも多く遭遇したものですから、ちょうど野菜の世界で「おもしろ野菜」レヴェルのものがはびこっていることとよく似ているようで、思いかえすに、なんとも暗澹たる気持ちになるんですよ。まぁ、ごまめの歯ぎしりみたいなもんですね。

コルニションを漬けてみませんか(予告編)

ピクルス用のキュウリには、ドイツやUSでよくもちいられ、また、ハンバーガーにつかわれていることで知られているガーキンス(gherkins)と、フランスのコルニションの2種があります。コルニションはガーキンスより小さく、イポが強く、歯応えがしっかりしている特徴があります。

既製品のコルニションの瓶詰めもそれなりにおいしいんだけど、やっぱり手づくりがいちばん、とお思いの方、自家製のコルニションのピクルスはいかがでしょうか。酸味、香りづけなど自由自在、オリジナルの味になさってください。

というわけで、近々、コルニションを漬ける作業手順をアップします。ご期待ください。

野菜のスイーツって…?

この分野はまるっきりの不勉強なんだが、巷で「野菜のスイーツ」なるものが流行っているらしい。いや、イチゴやスイカ、メロンなんかは「果実的野菜」つまり、生産の分類上は野菜なんだけど…。そういうことじゃなくて、およそ「お菓子」につかわないであろう野菜でお菓子をつくるということみたいなんだが…。

だいたい、カボチャはもとより、ニンジンやズッキーニを焼きこんだケーキなんて昔からあるし、そんなにめずらしいものじゃないと思うんだけど。と思って、ちょっとネット検索してみたら、コマツナやらゴボウやら…、たしかにミスマッチ? なとりわせのものがでてくる。ある八百屋さんと電話でちょっと話題になったんだが、食べてみたらそれほどのものでもないようなことをおっしゃっていた。

まぁ、マイクロトマトだって、「ケーキにトマトをのせる」というのが商品開発の動機だったというはなしをどこかで読んだことがあるし、いいんじゃないでしょうかね。

たしかに、赤と黄のマイクロトマト、オニォン・ミニマルあたりコンフィにして(この場合のコンフィは「脂煮」じゃないですよ!)、タルトの上にのせたりしたらおもしろいかもしれない。そういうことなんでしょうな。

ただね、ことさら「野菜=健康、キレイ」をアピールすることはないんじゃないかと。このあたり、野菜○○リエ商法と戦略がよく似ておりますな。そういうのは個人的にはあんまり好きじゃないんだけど、まきもの屋の好みなんてどうでもいいことで、きっと商売繁盛なんでしょう。それはそれで結構なことでございます。

どうでもいいんだけど、むかし、イタリア人の友達が「食後のドルチェは消化を助ける」なんて力説していましたが、ほんとうのところどうなんでしょう?

さらにどうでもいいんだけど、ネット検索でトップにでてくるお店の「オーナー・パティシエ」さん、女性なんだから「パティシエール」でしょ? フランス文学科卒というのなら、そのへんはもちろんおわかりなんでしょうから、ちょっとはこだわってくださってもよろしいんじゃないかと…。もちろん、「オーナー」を「プロプリエテール」と言えなんて申しません。そりゃ誰もわかりませんがな。でも、ようやく「パティシエール」「ソムリエール」といった女性形の名称も日本ですこしずつなじんできているんですからねぇ…。

緑だろうが黄色だろうがインゲンはインゲンなんですが…

このところバタバタしちゃって、写真を撮る余裕もなかなかないんで、「最新情報」のページのとおなじ写真ですが、ご容赦ください。さて、日本でインゲンというと、あのケンタッキー系の、サヤが太くて巨大な、いわゆる「ドジョウインゲン」が代表的ですね。「サーベルインゲン」と呼ばれるものもあって、こちらはややすらりとしています。まぁ、どっちにしても、日本のインゲンと、フランスで"haricot vert"(アリコ・ヴェール)と呼ばれているものとは別物といってもいいくらいででしょう。

サヤの黄色いものは、英語で"yellow wax beans"。フランス語では"haricot beurre"、イタリア語では"fagiolo burro"、どちらも「バター・インゲン」の意です。このタイプは、ややサヤの太い品種が多いんですが、今年まきもの屋が栽培しているのは、かなーり細い。実測はしていませんが、カタログ値で8mmの太さ。そういう品種をさがしたんですよ。

緑のインゲンなら、たんに若どりすればいくらか細いのを得られますが、黄色のほうはそうはいかない。着莢してからしばらくは緑色なんです。サヤが成熟し収穫適期になってようやく黄色になります。だから、尻尾のところがやや緑色だったりするわけ。こうなると、太さ、大きさのコントロールなんてできない。品種特性に頼るしかありません。

アリコ・ブールのほうはすこーしばかり市場出荷もすることになると思いますが、産直の「おまかせ西洋野菜セット」については、これとアリコ・ヴェールのセットでお届けさせていただきます。アリコ・ヴェールのほうは、見た目ただのインゲンですから、違いをわかっていただくのが難しいんじゃないかと…。

そりゃ、緑だろうが黄色だろうがインゲンはインゲンですし、なにもキュウリの味なんかしません、インゲンの味です。日本のインゲンとはやっぱり味わいがちがうんですが、正直いって、どれだけおわかりいただけるか、自信がありません。

だって、日本のレストランで、ロクに火の通っていないゴリゴリの生煮えというかほとんど生のインゲンに何度も遭遇したんですから。そんな火の通しかたじゃ、味の違いなんておわかりいただけるわけがありません。ゴリゴリした青臭いだけの物体なんですから。あんなもの料理と認めたくありませんよ。ましてやカネをとられちゃうなんて…。

日本では、インゲンは噛んだときに「キュッキュ」というくらいの加熱具合が好まれるといいますから、なにもフランスみたいにクタクタに茹でてくれなんて申しません。でも、ゴリゴリだけはやめてください。だいたい、生のインゲンを食べると、お腹をこわすリスクがあるんですよ。サヤインゲンは若どりだから、乾物のインゲン豆ほどじゃありませんが、リスクはぜロじゃないはずです。

それはそうと、細身の緑と黄色のインゲンが一緒にお皿の上に載っていたら、ちょっといいと思いませんか? 「つけあわせ」だけじゃなくて、ニース風サラダにもいいでしょうし、下茹でしてヴィネグレットであえた2色のインゲンだけのサラダもおもしろいんじゃないでしょうか。トロペーアかフィレンツェ玉葱(あるいはエシャ)あたりで香りづけするとか。もっとも、「胡麻汚し」じゃあんまりよろしくないでしょうけど。

oignon minimal オニォン・ミニマル

産直限定品でも商品名はひつようである。ズッキーニとかブレットまたはビエトラみたいな一般名称であればまったく気にすることはないのだが、やっぱり商品の特徴をあらわしていて、なおかつメニュー、料理名に組みこんでもらったときにそれなりに見栄えのする名称のほうがいいにきまっている。もちろん、チポロットを「葉つき小タマネギ」と表現していただいていっこうに構わないのだが、生産者サイドから商品提案をさせていただくときは、それなりの名称を考えておいたほうがいい。

というわけで、「最新情報」のページに掲載した「ピクルス用ミニミニ赤タマネギ」だが、「オニォン・ミニマル」oignon minimal という商品名を考えてみた。「オニオン」じゃなくて「オニォン」なのは、フランス語の発音が後者にちかいから。なぁに、つまらない「こだわり」である。ほんとは「オニョン」のほうがいいんだが、これじゃタマネギのことだとわかってもらえない可能性もあるから、「オニォン」で妥協。ちょっとヘンかな。

マルチカラード・チャードやミニチャードと同様、まったくのオリジナルの商品名である。フランス語では、こういう言いかたはない。どちらかといえば、"oignon minimum"(ミニモム)のほうがフランス語としてはとおりがいいかもしれない。いずれにしろ、フランス語としてはまちがっていないのだから、料理名に入れるにあたっては、フランス語だろうと日本語だろうと、まったく問題はない。

直径1cm前後、1ヶ約3g、こんなタマネギ、知るかぎり日本では流通していないように思う。輸入品のピクルスではよく見かけるんだけど、それも白が多いような…。今回は「おまかせ西洋野菜セット」限定であるが、市場出荷するつもりで栽培するとしたら、けっこうコストのかかるやっかいなシロモノである。なにしろ、タマネギ1ヶはタマネギ1ヶ。大小はあんまり関係ない。

品種はチポロット(ロッソ)でつかっていたものとおなじ。チポロットをビアンコに集約させることになったから、ロッソのほうはこんな仕立てにしてみたというわけ。

ちなみに、このタマネギ、貯蔵性はあんまりないので、さっさと皮をむいてピクルスにするなりしてご使用いただきたい。なにしろ、休眠期間がほとんどないにひとしいから、地面に植えたらしばらくして根をはって芽をだしてくる。だから、これを皮つきのままプランタに植えてやれば、2ヶ月くらいでチポロット(ロッソ)がとれることになる。分球しちゃう可能性もけっこうあるんだけど…。

はねだし野菜のエチュヴェとバヴェットのポワレ

野菜の出荷をすると「はねだし」がでる。いろんな理由-- 傷とか虫喰いとか、サイズとか形状とか--で出荷できないものである。あと、よくやってしまうのが、「とりすぎ」。数をまちがえて余計にとってしまう。こういったものはじぶんで食べるしかない。

今回の「はねだし」はチポロット、チコリア・カタローニャ、フィレンツェ玉葱ミニ、ミニフェンネル。面倒だからぜんぶまとめて鍋に入れて白ワイン少々とバターで蒸し煮にする。で、その上に焼きっぱなしのバヴェットをのっけてみた。またバヴェットかって? 冷凍を一枚まるごと解凍して1週間くらいかけて食べるんだから、しょうがないのである。解凍したてはソースがないとダメだけど、さいごのほうになると焼きっぱなしでもけっこうおいしく食べられる。

本体の野菜のエチュヴェだが、結論からいうと、個々の野菜の評価はできるだろうが、料理としてはダメダメである。家庭料理だからこそ許されるのであって、レストランでこれをやられてはかなわない。だいたい、それぞれの野菜について、最適の加熱時間、温度、調味はみんなちがうはずなのである。あの有名な「ガルグイユ」とか「アルルカン」なんかそうでしょ? 野菜ごとにタイミングをはかりながら別々に下処理したものをひとつの皿に盛りつけるんだから、この「エチュヴェ」は対極にあるといっていい。

モロッコだかどこぞの鍋を本来とはちがった使いかたで野菜の蒸し煮だか蒸し焼きに使用して出すお店があるらしいが、どうもね…。「野菜の旨味を逃がさないようにしました」なんて言われてもぜんぜん説得力がないや。個々の野菜ときちんと向きあっていない、イメージだけの料理みたいな印象がある。旨味をとじこめるのは結構なんだが、香りはどうなるの? ヘタをすると"méli mélo"(メリメロ=ごちゃまぜ)になっちゃう。組みあわせをよく考えないととんでもないことになるはずなんだが…。しかも、ぜーんぶ一緒の加熱時間? それともあらかじめ野菜ごとに下処理をしておくのか? その種の料理をだしているお店がそこまで高度なことをやっているとは思えないし…。

それはともかく、今回のヒットはチポロットとフィレンツェ玉葱ミニ。ミニフェンネルは加熱時間が合っていなかった。エチュヴェにするのにいい野菜なんだが…。チポロットは、諸手をあげて自画自賛したいところ。こりゃ、タマネギの概念をくつがえす食材かもしれない、なんてひとりごちでみる。いまのところ生産がやや不安定で、取引先様からリクエストいただくんだが、なかなか「おまかせ西洋野菜セット」にお入れできないのが心苦しいかぎりである。生産が安定するまでもうすこしお時間をください。

フィレンツェ玉葱のほうは香りがつよいから、おいしいんだけどあんまりたくさん食べられない。家人に1ヶ分のこされてしまった。

ミニフェンネルとバヴェットのポワレ、焦がしバター

個人的には、いわゆるフローレンス・フェンネルは肥大茎(フランス語でbulbe)が白くてマルっとしたのを生でかじりながら、肉料理をわしわし食べるようなパターンが好きである。が、倉渕ではどんなに頑張っても露地栽培だと8月後半どりがやっとである。早どりしようとしても、抽苔といって、根元が太らずに茎がのびて花が咲いてしまう。そこでミニフェンネルである。

若どりだから、風味はフルサイズのものとくらべるとかなりマイルド。正直いってものたりないんだが、それでもフヌイユはフヌイユである。日本では強烈なフェンネルの香りと甘さを好まないひとが多いらしいから、このくらいでちょうどいいんだろう。物足りなければ、ちょっと違うが、ソースにパスティスかサンブーカ、あるいはシャルトリューズでもたらせばいい。が、そんなものは買っていないのである。好きなんだが、飽きちゃうんだもん…。でも、まぁ、もうすぐ倉渕にも短い夏が訪れるから、次の機会にサンブーカでも買ってくることにしようか…、コーヒー豆も忘れずに。