いえ、べつにシリーズ化しようというわけではなくて、ホウレンソウ調理法序説(=方法序説)という駄洒落でございます。
倉渕はホウレンソウの農水省「指定産地」ですから、まきもの屋のごとき新参者がホウレンソウの栽培をしようなんてとてもとてもお恥かしくでできませんので、自家用程度にしかいつも作っておりません。だからあんまり意識してないんですが、とある星つきレストランのサイトの料理写真を見てのけぞりました。
どう見ても生のホウレンソウの葉が豚肉のパテのつけあわせに皿の上に鎮座ましましているんですよ。そりゃ、いまどきは「サラダホウレンソウ」なんて商品もありますから、否定はしませんがね。それに葉っぱ1枚くらいでしたら、たいした問題にはならないことも重々承知しております。
でも、ホウレンソウは結石の原因となる蓚酸をふくむから、きちんと下茹で、灰汁抜きをするというのは常識じゃないんでしょうか? むかーし、あの有名なグルメマンガで、シャケの刺身をめぐるエピソードがありましたが、それを思いだします。シャケにはアニサキスというかなーりヤバい寄生虫がいる可能性がありまして、ふつうは加熱するか冷凍してその寄生虫を殺してやらないと安心できないわけです。で、そのマンガの主人公は、シャケの薄片を顕微鏡検査して、アニーがいないということを確率的にほぼゼロの状態まで徹底してから刺身を客に提供したわけです。
でも、確率的に「ほぼゼロ」というのは、絶対的なゼロじゃないわけです。やっぱりリスクはある。だから、魯山人をモデルにしたといわれる気難しい料亭の主人兼陶芸家兼書家のおっさんにどやしつけられちゃうわけです。
いえ、いまどきは鮭、サーモンの類の「低温調理」なんてのも流行でして、料理専門誌では、べつの星つきシェフの時鮭の低温ローストなんて作品がついこないだも紹介されておりました。あるいは「瞬間燻製」なんてのも一時流行ったみたいですよね。ああいうのってどうなんでしょ? 冷凍モノであれば、アニーの心配はないわけですが、ああいう調理ができるってことはやっぱり冷凍モノなんでしょうか?
生のホウレンソウもそれとおんなじで、その一皿が直接の原因となって食べたひとが結石になる確率はたしかに「ほぼゼロ」でしょう。でも絶対的なゼロじゃない。
レストランのお客さんがみんな食べもの、調理、栄養といったことに精通しているわけじゃないから、有名レストランで食べたことがあるから、と、ご家庭でも生のホウレンソウをそのまま皿にのせちゃうとどうでしょう? スーパーなんかで売っているホウレンソウはだいたい200gくらいありますから、星つきレストランのようにひとり宛1枚や2枚ってことはないでしょう。味覚、嗜好というのは十人十色ですから、それが気にいって毎日のように生のホウレンソウを常食しちゃうことだってあるかもしれません。
結果、その人が結石になったとして、もしかしてきっかけをつくったかもしれない料理人さんはどう責任をとるんでしょう? あくまでも自己責任だから関係ないと言い逃れできるんでしょうか? 星つきシェフということは、たとえ一私企業の出版物で認定されたものとはいえ、社会的責任は大きいんじゃないでしょうか? というか、かりにも料理を提供しておカネを得ているプロであれば、職業上の社会的責任はすくなからずあるはずです。
いえ、ホウレンソウが悪いんじゃありません。そこのところは勘違いしないでいただきたい。充分なアク抜きをしないでホウレンソウを提供するのはいかがなものか、そう申しあげているわけです。ましてや、「このお野菜は有機の○○で」などとお客様にご案内しているようなお店であればなおのこと。
問題の本質はゴリゴリのベリーレアーなインゲンとか、きちんと火を通していないニンニクとおんなじだと思います。インゲンは生だとレクチンが毒性を持っていて、嘔吐、下痢の原因になり得ます。ニンニクも上手に加熱しないとアリインが原因となって胃壁や腸の粘膜を損傷する恐れがあります。
そういうものを、お客様に提供しておカネをもらって平然としていられるんでしょうか? 正しい調理法であれば健康に寄与する「生命の糧」たる食材です。ゆめゆめまちがった調理法で提供してもらいたくないものです。
と、ここまで書いて、1年以上まえの「料理王国」誌のイタリア料理特集で、イタリアの料理人さんがやっぱり生のホウレンソウを皿にのせている写真があるのを家人が発見しました。ヨーロッパのホウレンソウは現代日本のそれとくらべてケタ違いにアクがつよいんですよ。つまり蓚酸を多く含んでいるわけです。まったくもって信じ難いことです。料亭の主人兼陶芸家兼書家のおっさんに「この料理を作ったのは誰だぁ!」と怒鳴ってもらわないとダメなんでしょうか…?