Archive for August 2009

ナスのポワレ、スーパー・マルツァーノのソース・ピカント、ペコリーノ・ロマーノのリゾット添え

落語の『寿限無』じゃないが、とてーも長ーい名前のナスである。Melanzana rotonda bianca sfumata di rosa (メランザーナ・ロトンダ・ビアンカ・スフマータ・ディ・ローザ)。あんまりにも長い名称だからだろう、USあたりじゃ Rosa bianca と呼ばれることも多い。名前は長いが見た目は丸いナスである。

フィレンツェ茄子と同系統のようだが、表皮の色が薄いのが特徴。厚さ3cmくらいの輪切りにして小麦粉をはたき、ポワレする。油はたくさんはいらない。油をいったん吸いこむことは吸いこむが、焼けてくるとほとんど返してくれる。

表面はカリっと、中はトローリとした仕上りになる。とてもおいしい。日本でいちばん一般的な「千両」系のナスとはほとんど別の野菜である。まぁ、日本のナスもたくさん種類があって大変ですが。

有機野菜の○○ (笑

雑誌やらWEBで、「有機野菜の○○」なんて料理名をよく目にする。個人的にはかなーり陳腐化してしまったような気がするんだが、いまでもお客様に訴求力がある表現なんだろうか?

すくなくとも飲食店で「有機野菜の○○」という表現をつかうのは、有機JASと関係なく可能である。ところが、である。有機JASの認証をとっていない野菜については、たとえそれが事実上有機栽培のものであっても、生産者および流通業者はその「商品」について「有機」の語を冠してはいけない。いっぽうで、いま述べたように飲食店ではOKである。

単純にいって、生産から流通までは農林水産省、飲食業というか「食品」については厚生労働省の管轄になっていることが大きい。だから、「商品」としての野菜に「有機」の語を冠するには有機JASの規格にしたがって栽培し、認証を取得していなければならない。が、これとは別に、生産者自身が「有機農業にとりくんでいる」「有機栽培をおこなっている」というのはかまわない。この結果、有機農業者が有機栽培でつくった、でもJAS認証をとっていないから「有機野菜」と呼べない(呼んではいけない)野菜を飲食店が仕入れて「有機野菜の○○」をメニューにのせ、提供するというなんとも珍妙な事態となる。

でもまぁ、問題ないわけだからいいのである。ただ、まきもの屋としては、お取引先様には「有機じゃないですから、料理名に謳うときはご注意くださいね」とお願いしている。まきもの屋の生産実態としてはかぎりなく「有機」にちかいにもかかわらず、である。じっさい、化学肥料はつかわないし、防除もあんまりやっていない。グリークバジルなんかは農薬をまったくつかっていないし、ほかの野菜でも時期によってはまったく防除していなかったりする。

まきもの屋が有機JASと距離をおいているのは、生分解性マルチをつかうことと、イミダクロプリド、スピノサド、フルベンジアミドといった農薬をつかうことがあって、これらは有機JASでは使用がみとめられていないからである。これらを使わず、せっせと事務仕事に精をだせば、有機JASの認証をとることもできなくはないだろう。

でも、そうはしない。現実主義者だから。それに、「有機農業」は根本的には思想の問題と捉えているからである。

ところで、とっても初歩的な誤解として、有機=無農薬というのがあるが、有機JASではけっこうな種類の農薬の使用がみとめられていることくらいはどなたも知っておいたほうがいいだろう。もちろん安全性がきわめて高いものばかりだが、それでもやっぱり「無農薬」ではないのである。

というか、数年前におこなわれた有機JAS規格の改訂以前には、天然物だというだけの理由からか、あの悪名高きデリスまで使用許容資材のリストにはいっていた。当時でさえ、魚毒性の高さから、有機であろうとなかろうと使用を禁止している地域があったほどのものである。(デリス剤はすくなくとも国内ではすべて「登録失効」つまり現在では使用されることもないはずだが、興味がないのできちんと確認してはいない)

それはともかくとして、料理店で「有機野菜の○○」と謳うことの目的は、野菜がおいしい、あるいは「安全」であることのアピールが主であろう。「安全」の問題はまた機をあらためて考えたいが、「おいしさ」については、「有機栽培の野菜にはおいしいものが多い」あるいは「おいしい野菜の多くは有機栽培である」という「事実」からきているんだと思う。

そう、現実にはこう言ってさしつかえないのである。ただ、「有機」というのは栽培方法を規定する語でしかないから、ロジックとしては「おいしさ」についてはまったく無関係なのである。たんなる食べ手としては、どっちでもいいじゃない、とも思えることなんだが、すくなくとも食べ物を他人に提供することで生活の糧を得ている立場にいるんだったら、しっかり自覚しておくべきことだと思う。

つーか、有機云々を言うんだったら、せめてA. ハワードのAn Agricaltural Testament (『農業聖典』とロデイルの Pay Dirt (『有機農法』、本じゃないけど有機農産物のJAS規格IFOAM (International Federation of Organic Agriculture Movements)のサイト日本有機農業研究会のサイトくらいは目を通しておいたほうがいいかもしれない。

ついでに、ヨーロッパのBIOを理解するには、EUおよび各国の基準、シュタイナー系のビオディナミック関連なんかも読みこんでおいたほうがいい。

でも、さすがにそこまで言えません。なにしろ、ちょっと特殊な思想とか政治運動とかなーり密接にかかわってきた歴史があるんですから。それに、ハワードさえ読んだこともないのに「有機農家」を自称するひとだってたくさんいるんですから。現実なんてそんなものなんです。まぁ、化学肥料と農薬をまったくつかっていなければ「有機栽培」です。ただ、そのことが「おいしさ」を論理的に保証するものではないということだけは記憶に留めていただければ幸いです。

ブカティーニ・アッラ・プッタネスカ (コン・スペル・マルツァーノ)

焼きうどんじゃございません。バリッラのブカティーニです。たまには奮発することもあるんですよ(笑。これだから写真がヘタなのはイヤですね…。まぁ、それはともかく、本日の主役はスーパー・マルツァーノ。いわゆるサン・マルツァーノの改良種で、けっこうお気にいりなんです。

スパゲッティ・アル・ポモドーロもいいんだけど、なんとなくちょっと複雑な味のほうがいいかな、というわけで、せっかくブカティーニも買ってあったことだし、今日はこっちを採用。というか、個人的には、スパゲッティ・アル・ポモドーロだったらプリンチペ・ボルゲーゼをつかう方が好みかな、手間はかかるんだけど。

よく「フレッシュトマトの…」とか「フルーツトマトの…」ってパスタにかぎらずあるみたいですけど、あれってどうなんでしょ? トマトは品種間差がものすごく激しいというか、品種ごとの特徴がはっきりしていて「適材適所」みたいなところがあるんですが、ごく一部をのぞいて日本ではそこまでの商品提案みたいなものって生産、流通レヴェルじゃあんまり例がないような…。

鳴り物入りで登場したシ○○アンルージュなんか「調理用」というだけで、もちろん調理の提案とかいろいろやっているみたいだけど、ターゲットというか、ポイントはどれだけはっきりしているんでしょうか? 家人に言わせると、そもそも英語とフランス語がまざった商品名は 気 持 ち が 悪 い らしい…。まぁ、関係ないんでどうでもいいです。

不思議なのは、日本ではサン・マルツァーノ信仰みたいなのがあるにもかかわらず、商品としてはいっこうにフレッシュのものが普及しないことです。そりゃ日本で栽培したらどうしても高価になってしまいますけど、カンヅメじゃないフレッシュのサン・マルツァーノ系の味わいというのは何よりも捨てがたいものだと思うんですよね。やっぱり値段というかコストの問題でしょうね…。まきもの屋のスーパー・マルツァーノも産直のセット販売だけだからいちいち価格はご提示しませんが、皆さんのけぞるようなコストがかかっておりますから。

エピナのタネまき

試験栽培である。まきもの屋のご同業諸氏ならタネを見ただけで何の野菜かはおわかりだろう。ただ、品種と仕立てがちがうので、別野菜ということになると思う。商品名はまだ未定。ただ、フランス料理人諸氏であれば「エピナ」でおわかりいただけるだろうから、そう表記したまでのこと。なにしろ商品化するかどうかさえ決めていない。とりあえずやってみる、というだけである。

いや、自家用の栽培はこれまでもやってきたんだが、ようするに商品になるかどうか、そのあたりが問題なのである。パッケージ、荷姿、歩留まりと生産および流通コストなどなど、けっこうむずかしい。

今回はドイツの種苗会社から種子を入手。家人がどうしてもこのタネ屋さんから買うって言うんだもん…。まきもの屋はドイツ語はまるっきりダメなのに…。まぁ、エピナにかんしてはタネ袋をそんなにしっかり読む必要もないからいいんだけど。それに、栽培資料はちゃんとフランス語のものが手元にあるから、心配ご無用。

イタリアからチポッラとピセッリのタネが届いた

そう、早くも来年の準備なのである。来年のチポッラは、貯蔵タイプのイタリア系2種に初挑戦。この野菜、栽培地の緯度と気候によって合わないものはまったくモノにならない。こればっかりは栽培してみないとわからない。博打みたいなものである。そのほかはだいたい今年とおなじ予定。

ピセッリはプロジェクトPと題したエントリで書いたが、2010年の新商品。ピセッリはピセッリなんだけど、商品としてはちょっと特殊な仕立て。だから詳細は来年までヒ・ミ・ツ(笑。っていうか、今年の6月の時点でM社長が早々に取引先にご案内しちゃっているから秘密でもなんでもないんだけど。

野菜高騰? それどこのハナシ?

巷では冷夏で野菜が高騰してるなんて噂だが、市場関係者によると、たしかに入荷量は少ないがお客さん(八百屋さん、バイヤー)の「買う気」もあんまりないから、市場内は「静かなもん」らしい。じっさい、東京都中央卸売市場の市況をみても、ぜーんぜん高騰なんてしていない。

どこの新聞だったか、長野と群馬のレタス、キャベツは天候の影響がでていないなんて記事もあったみたいだが、何をどう取材したらそんなことが書けるんだろう。かなり作柄が悪いはずなんだけど。

野菜をはじめとした農産物が不作であることはまぎれもない事実。購買意欲が低いから相場も低調、というのがほんとうのところなんだけど。大新聞がこういうデマを流していいんだろうか? 何か意図があってのことか、それとも単に記者が無能なだけなのか?

そう、不作だし、野菜の高騰なんてまったく無縁だから、まきもの屋もかなりダメージをうけている。オーダーいただいてもなかなかお応えできない。いろんな意味で辛い夏である。

ロワールの夏は蒸すけど涼しい

注文したシノンの赤 Domaine des Clos Godeaux が届き、早速カレ・ダニョーとあわせてみる。巷では「ピーマン臭い」だのとさんざんな言われようだが、カベルネ・フランはなかなかおもしろいセパージュだと思う。もっとも、他に好きなセパージュを挙げるなら、グルナシュとタナが筆頭なんだから、けっこうマイナー趣味かもしれない。

で、ひさしぶりにシノンの赤を飲みながら、家人と10年ちかく前にロワールを旅行したときの話でちょっと盛りあがる。

「シノンの街にワイン資料館があったねぇ。たしか有料で、ちっとも面白くなかった」

「あのときはラブレー記念館(ラブレーの生家)まで歩いて行ったど、とんでもなく遠かった。いまなら迷わずレンタカーだね」

「それにしてもロワールの夏は蒸したよね」

「そうそう、でもそんなに暑いわけじゃないから、倉渕とあんまり変らない」

「いや、ぐずぐず雨がつづいたり霧がまいたりしないから、あっちのほうがよっぽど快適」

「そうだね、なだらかな丘陵だから景色もいいし、こんな山の中とくらべちゃ悪いか」

なにしろフランスでもっともフランス語らしいフランス語を話す地域である。発音なんか教科書の録音テープ(古いな…)そのもの。アカデミックなフランス語を勉強したものとしては快適このうえない。しかもラブレー、バルザックを輩出した「文芸大食」の地である。もと文学研究者で喰いしんぼうのまきもの屋としては、楽しくないわけがない。

家人はラブレー記念館へ行く途中にあったメロンの直売所がいまだに気になるらしく、次に行くときは絶対に買う、と息まいている。当然ながら夏限定だから、まきもの屋が農業をしているかぎりは不可能である。残念でした。

このエントリのタイトル? むかーしの歌で「日本の夏は蒸すけど涼しい」という歌詞があったのを思いだして、またまたオヤジギャクである。ちょっと世代がちがうとわかんないだろうな…。って言うか、そんなにヒットしなかったか。なんて書くとまずいかな…。

「シェフ」という雑誌を買ってみた

日頃情報不足を痛感しているまきもの屋である。で、「シェフ」という季刊誌の最新号を買ってみた。 存在はまえから知ってはいたんだけど、けっこうなお値段だし季刊だから本屋のない田舎に暮らす身としては読むチャンスがなかったのである。最新号の特集は「野菜への現代的アプローチ」。そりゃ期待しちゃいます。

パラパラとページを繰ってみて、西洋野菜生産者だからどうしても野菜づかいに目がいくわけである。 で、カーヴォロ・ネーロがけっこう目立つ。カーヴォロ・ネーロの葉の形状、大きさからすると、取材はおもに3月ごろと推測。葱坊主をつかった作品もあるから、ページによっては4月後半か5月にかかっているかもしれないけど。

うーん、いいんだけど、発行日は6月下旬だから、これってどうなんだろう…。いや、市場に出回っているかどうかはべつとして、夏の時期にカーヴォロ・ネーロ(きっと「カーボロ・ネロ」と表記している)をつくっている農家さんがあることは確認したし、まぁ、たいした問題ではないんだが、やっぱり気になる…。

ところで、特集ページのトビラの文言がすごい。ちょっと引用させていただく。

[...]今、「野菜をどう生かすか」が料理人の大きなテーマとなっている。つまり「サラダをたっぷり添える」とか「珍しい野菜で目を引かせる」「無農薬野菜をウリにする」といった、使用量や種類の選択、質の問題ではなく、1つの野菜に対し、その野菜の持つ魅力をどう引き出すのか、そのアプローチの方法である。(イマージュ株式会社「シェフ 83」2009年6月、p.3)

すごいよね、言葉だけなら。ただね、どんな食材でもそうだけど、この食材がこの皿に、この調理で載っていること、いってみればその食材の皿の上における「存在理由」がしっかりしていないと、ともすれば薄っぺらいものになっちゃうんじゃないかな。いや、この雑誌にでている料理がどうとかいうのではない。あくまでも一般論である。

表紙写真は第2特集「夏のスペシャリテ」のページからの作品のようで、魚料理のつけあわせとして「ふだん草」をもちいている。ブレット(ビエトラ)、マルチカラード・チャード、ミニチャードといった商品名で「西洋ふだん草」を栽培しているまきもの屋としても嬉しい。写真をみるかぎり、赤軸、若どりのもののようである。

と思ったのだが、写真をためつすがめつしていたら、どうもこれは「赤軸ホウレンソウ」なんじゃないか、と思われてきた。まぁ、ルセットには「ふだん草」とあるから、写真撮影のときたまたま入荷がなくて「赤軸ホウレンソウ」で代用したなんてこともあり得ないとは言いきれないかな。

この作品のおもしろいところは、さらに「デトロイトのマイクロリーフ」を添えてあること。デトロイトはいうまでもなくビーツで、ベビーリーフとしても一般的に用いられるが、発芽したばかりの双葉の状態のものが「マイクロリーフ」として流通している。ビーツとチャードは植物としては双子の兄弟みたいなものだから、当然ながら味に連続性がある。

せっかくだから、デトロイトのベビーリーフもいっしょに添えたら、よりいっそうおもしろいかもしれない。

それはともかく、ルセットを見てみると、「ふだん草」を下処理なしでいきなりソテーしているんだが、これは雑誌で公開されるルセットとしてはちょっと不親切かもしれない。チャードは大株のものは下茹でしてアクを抜いたほうがいい。つまり、この作品の模倣をするなら、若どりのチャードを手にいれなくてはならない。

って言うか、「ふだん草」を八百屋さんにオーダーして、赤軸の若どりのものをすんなり持ってくるだろうか。関西あたりじゃ確実に白軸の東洋種のものを納品してくるんじゃないだろうか。カラーのものにしたって、若どりなのか大株なのか指定しないことには具合がわるいだろう。そういう意味では、ルセットとしてはいささか不親切のように思うんだがいかがだろうか。

雑誌としては、フランス語の綴りのまちがいが少ないのはすばらしいんだが、いかんせん写真と版組みのセンスがイマイチ。まきもの屋のような料理の門外漢というか周縁で仕事をしている者にも、そこそこ勉強にはなると思うんだけど、けっこうなお値段なので、コストパフォーマンスとしてはちょっとした学術誌並みかもしれない。まぁ、勉強はカネを惜しんではいけないからねぇ…。

ゴドーを待ちながら…

たまにはシノンの赤でも飲むかい、とネットでPhilippe Brocourt Domaine Clos Godeauxを注文。普段づかいの安いワインなんだけど、シノンの赤にはちょっとした思い入れもあって、けっこう好きなのである。それに、これはなにより名前がいい。

ゴドーといえばまず思いだされるのがベケットの『ゴドーを待ちながら』である。四半世紀ほどまえ、辞書を引きひき、はじめてフランス語で読了した思い出深い本である。もっとも、ただ「読んだだけ」。よくわからなかった。そりゃそうだ。「不条理」なんだもん。いまでもよくわからない。

その後、バルザックの『ル・フズール』という戯曲も読み、これはパリで舞台も観た。舞台のほうはちょっと改変もあって不満だったが、それでも3回は観に行った。メルカデという破産に瀕した事業家が主人公で、「ゴドーが戻ってきてくれたら」というのがキーフレーズになっている。こちらのゴドーは Godeau なので綴りこそちがうが、ベケットの Godot とおなじく、登場しない人物である。ベケットのゴドーは本歌取りといってもいいらしい。

それはともかく、シノンの赤はカベルネ・フランというセパージュを用いていて、けっこう好き嫌いがわかれるもののようだ。基本的には早飲みタイプなんだが、やや熟成に適したものもあって、なかなかにおもしろい。ただ、熟成タイプだとシャトーヌフ・ドュ・パプあたりの安めのものとくらべたらコストパフォーマンスはそんなによくもないし、まきもの屋の素人家庭料理くらいじゃバランスがとれないから、安いシノンをガブ飲みしたほうがたのしいのである。

名前がらみだと、 Pétrus Borel という作家を愛読していたこともあって、ボルドーのベトリュスはむかしから興味があるんだが、いかんせん高価なワインなので、いまだに飲む機会がない。

ゴドーを待ちながら、そんなことをつらつらと思いつつ、紙パックの安ワインを飲んでいたりする。

アンデスレッドと仔羊背肉のロースト、グリークバジル風味

もう何も申しあげることがないくらいベタな料理である。写真をご覧いただいてお気づきのとおり、カレは一切掃除していない。背骨も取りのぞいていない。ただ2リブまとめて焼いて、関節のところから包丁を入れただけである。ジュをとるんだったら掃除してもいいんだが、たんに面倒だっただけである。

解凍したばかりの仔羊にグリークバジルをあわせてしまったわけだが、これは失敗。ただでさえカレは食べやすいのに、まったく熟成していないんじゃバジルに負けて当然だろう。が、逆にいえば羊初心者とか苦手意識をお持ちの向きにはむしろいいかも知れない。でも、解凍したばかりじゃ旨味もロクにでていないから、ソースで補う必要はあるだろう。ようするに失敗作である。まぁ、素人の家庭料理だから…。

ホウレンソウ調理法序説

いえ、べつにシリーズ化しようというわけではなくて、ホウレンソウ調理法序説(=方法序説)という駄洒落でございます。

倉渕はホウレンソウの農水省「指定産地」ですから、まきもの屋のごとき新参者がホウレンソウの栽培をしようなんてとてもとてもお恥かしくでできませんので、自家用程度にしかいつも作っておりません。だからあんまり意識してないんですが、とある星つきレストランのサイトの料理写真を見てのけぞりました。

どう見ても生のホウレンソウの葉が豚肉のパテのつけあわせに皿の上に鎮座ましましているんですよ。そりゃ、いまどきは「サラダホウレンソウ」なんて商品もありますから、否定はしませんがね。それに葉っぱ1枚くらいでしたら、たいした問題にはならないことも重々承知しております。

でも、ホウレンソウは結石の原因となる蓚酸をふくむから、きちんと下茹で、灰汁抜きをするというのは常識じゃないんでしょうか? むかーし、あの有名なグルメマンガで、シャケの刺身をめぐるエピソードがありましたが、それを思いだします。シャケにはアニサキスというかなーりヤバい寄生虫がいる可能性がありまして、ふつうは加熱するか冷凍してその寄生虫を殺してやらないと安心できないわけです。で、そのマンガの主人公は、シャケの薄片を顕微鏡検査して、アニーがいないということを確率的にほぼゼロの状態まで徹底してから刺身を客に提供したわけです。

でも、確率的に「ほぼゼロ」というのは、絶対的なゼロじゃないわけです。やっぱりリスクはある。だから、魯山人をモデルにしたといわれる気難しい料亭の主人兼陶芸家兼書家のおっさんにどやしつけられちゃうわけです。

いえ、いまどきは鮭、サーモンの類の「低温調理」なんてのも流行でして、料理専門誌では、べつの星つきシェフの時鮭の低温ローストなんて作品がついこないだも紹介されておりました。あるいは「瞬間燻製」なんてのも一時流行ったみたいですよね。ああいうのってどうなんでしょ? 冷凍モノであれば、アニーの心配はないわけですが、ああいう調理ができるってことはやっぱり冷凍モノなんでしょうか?

生のホウレンソウもそれとおんなじで、その一皿が直接の原因となって食べたひとが結石になる確率はたしかに「ほぼゼロ」でしょう。でも絶対的なゼロじゃない。

レストランのお客さんがみんな食べもの、調理、栄養といったことに精通しているわけじゃないから、有名レストランで食べたことがあるから、と、ご家庭でも生のホウレンソウをそのまま皿にのせちゃうとどうでしょう? スーパーなんかで売っているホウレンソウはだいたい200gくらいありますから、星つきレストランのようにひとり宛1枚や2枚ってことはないでしょう。味覚、嗜好というのは十人十色ですから、それが気にいって毎日のように生のホウレンソウを常食しちゃうことだってあるかもしれません。

結果、その人が結石になったとして、もしかしてきっかけをつくったかもしれない料理人さんはどう責任をとるんでしょう? あくまでも自己責任だから関係ないと言い逃れできるんでしょうか? 星つきシェフということは、たとえ一私企業の出版物で認定されたものとはいえ、社会的責任は大きいんじゃないでしょうか? というか、かりにも料理を提供しておカネを得ているプロであれば、職業上の社会的責任はすくなからずあるはずです。

いえ、ホウレンソウが悪いんじゃありません。そこのところは勘違いしないでいただきたい。充分なアク抜きをしないでホウレンソウを提供するのはいかがなものか、そう申しあげているわけです。ましてや、「このお野菜は有機の○○で」などとお客様にご案内しているようなお店であればなおのこと。

問題の本質はゴリゴリのベリーレアーなインゲンとか、きちんと火を通していないニンニクとおんなじだと思います。インゲンは生だとレクチンが毒性を持っていて、嘔吐、下痢の原因になり得ます。ニンニクも上手に加熱しないとアリインが原因となって胃壁や腸の粘膜を損傷する恐れがあります。

そういうものを、お客様に提供しておカネをもらって平然としていられるんでしょうか? 正しい調理法であれば健康に寄与する「生命の糧」たる食材です。ゆめゆめまちがった調理法で提供してもらいたくないものです。

と、ここまで書いて、1年以上まえの「料理王国」誌のイタリア料理特集で、イタリアの料理人さんがやっぱり生のホウレンソウを皿にのせている写真があるのを家人が発見しました。ヨーロッパのホウレンソウは現代日本のそれとくらべてケタ違いにアクがつよいんですよ。つまり蓚酸を多く含んでいるわけです。まったくもって信じ難いことです。料亭の主人兼陶芸家兼書家のおっさんに「この料理を作ったのは誰だぁ!」と怒鳴ってもらわないとダメなんでしょうか…?