Archive for September 2009

産直のセットの呼称を変更してみる?

10月から産直の野菜セットの出荷日を月曜〜金曜までのお好きな曜日でお選びいただけるよう調整中です。調整といっても、ようするに当方の作業体系(と呼べるほどのモンじゃありませんが)、仕事のすすめかたの見直しが主でして。いろいろ頭のなかでシミュレーションしております。

レストラン様むけ「おまかせ西洋野菜セット」のお取引先様みなさんのご意向をお伺いしまして、スポットの個人様むけセットの出荷日についても同様に、ご希望があれば月曜〜金曜のなかからご指定いただける見通しとなりました。

で、こうなるとセットの呼びかたを変えたほうがスッキリするんじゃないか、という気がしてまいりまして。ようするにお入れする野菜は基本的におんなじで数量がちがうだけなんですから、ぜーんぶ「おまかせ西洋野菜セット」なわけです。

  • おまかせ西洋野菜セット(定期便) …シーズン契約
  • おまかせ西洋野菜セット(スタンダード) …スポット。サイトのオーダーフォームからご注文
  • おまかせ西洋野菜セット(ミニ) …スポット。サイトのオーダーフォームからご注文

こんな感じでいかがでしょう?

発送先も全国(離島をのぞく)ということにしちゃいます。ただし、北海道と九州は 翌々日のお届け、そのほかの本州、四国についても地域によっては翌日の14時以降のお届けとなります。翌々日のお届けの場合には、季節にかかわらず「クール便」の利用となります。運賃も実費を申し受けますので、遠隔地ほどお高くなってしまいますが、その旨ご了承ください。

野菜の長距離輸送にはつねにリスクがともないます。群馬から東京までの輸送だってトラブルが起きたことがあります。そうした点をよくご理解いただいたうえで、オーダーくださいますようお願いいたします。

赤タマネギ、白タマネギ、黄タマネギ

(写真は5月のものです。)そろそろタマネギの定植の準備をはじめなきゃならない時期になってきたんですが、これがなかなか奥が深いというか、いろいろ蘊蓄の材料にこと欠かない野菜なんです。

で、てはじめに、インパクトのありそうなことをひとつご紹介しますと、いまマーケットに出回っているタマネギというのはほとんどがF1(一代交配)の品種なんです。これはほかの野菜もけっこうな割合でF1化されています。F1品種というのは、揃いがいいとか育てやすいとか、いろいろメリットがありまして、営利栽培つまり商売として野菜を栽培するには不可欠というか、これを使わないとオハナシにならないのが現実です。

で、タマネギのF1なんですが、「雄性不稔」という特殊な株をもちいてつくるんだそうです。「雄性不稔」というのはようするに花粉がでないということでして、同じ株の雄しべから雌しべに受粉するということはありえないわけです。なので、別の品種のタマネギを隣に植えておけば、「雄性不稔」株のほうは、自動的に隣の品種と交雑したタネをつけます。

このタマネギの雄性不稔株というのは、ある赤タマネギの品種で発見されまして、それを育種つまり品種の開発に利用してきたわけなんです。ということは、日本でいちばん多く出回っているタマネギは黄タマネギなんですが、じつは赤タマネギの「血」というか遺伝子がはいっているわけなんです。

いえ、赤タマネギを祖先に持っているからどうこうというのはまったくないんですが、ちょっと面白いですよね。まぁ、ハクサイのF1品種なんかも、育種過程のかなり古い段階でキャベツと交配させてあったりしますから、驚くにはあたらないんですが。

ただ、まぁ、タマネギの赤、白、黄色というのは厳然とあるわけでして、純然たる黄色の品種ということになると、「固定種」をつかうことになります。まきもの屋で栽培しているものだと、泉州とかWalla wallaなんかそうです。泉州は一般的なF1とはやっぱり味がちがうんで、「和モノ」とはいえぜひお試しいただきたい品種です。もともとは明治時代に導入されたYellow Danversという品種が土着化したものですから、「西洋野菜」といってもさしつかえないとは思うんですが。

すぐには無理なんですが「産直」の改善を考えています

産直の西洋野菜販売のほうは、現状ではお客様、お取引先様にあまりに使い勝手がわるいであろうことは重々承知しておりまして、このあたりはなんとか改善したいと考えております。

かならずしもいますぐお約束できるわけではないんですが、現在レストラン様むけのセットの出荷が火曜、スポットのセットが土曜の出荷のみとなっておりますが、これはようするに当方の出荷体制というか、やりかたの問題が大きいので、いろいろと細かいところを見直せばなんとか、日曜〜金曜のうちでお好きな曜日をお選びいただけるようにできるんじゃないかと考えております。とりあえず、見通しがついたら、現在のお取引先様にご意向をお伺いして、それからということになるとは思います。

あと、いまのところは「関東地方限定」という建前でやらせていただいておりますが、お客様が運賃と輸送上のリスク(とくに翌日着にならないケースで)についてご納得してくださるのであれば、べつに近県にこだわる必要もないんじゃないかと考えております。これはいますぐ宣言しちゃってもいいかもしれませんね。全国発送承りますと。もちろん、フードマイレージは少ないほうがいいわけですし、半径100㎞圏の食材をお使いいただいたほうがいいという思いにかわりはありません。

まきもの屋にも、いろいろ「こだわり」があるわけですが、すくなくともお届け先については、築地に出荷した野菜が大阪や北海道に転送されることが時折あるらしく、そういう現実はやっぱり受けいれないといけないわけです。っていうか、北海道のホテルのレストランの料理写真で「これ、ウチのじゃないかな?」っていう野菜を雑誌でみたこともあるわけですから、産直だけ近県に「こだわる」というのも理屈としてはおかしいんですよね。

おうちフレンチ

考えてみるまでもなく、このBLOGの料理のエントリって「おうちフレンチ」「おうちイタリアン」なわけですな。料理写真なんかはとてもひと様にお見せできるようなものじゃないけど、西洋野菜の手軽な使いかたというか、調理例を知っていただきたいという意図はもちろんないわけじゃないんです。

で、このBLOGというかサイトは業界関係者つまりプロの方々しかご覧くださっていないんだろうと勝手に決めつけておりましたが(べつに根拠はないんですが…)、一般の方からコメントやメールでお褒めいただいちゃったりして、ちょっと舞いあがってしまうわけです。

一般のかたがご覧くださっているんなら方向性も考えなくっちゃいけません。そもそもこのBLOGでさらしている料理なんて、まるっきりズブの素人がちゃちゃっとできちゃうものばっかりなんですから。

いまどきは業務用食材も素人がネット通販で小口で買えるようになってるんですから、まことに便利なものです。フラップミートなんか1枚で2kgくらいあるから、使いきるのはたしかに大変かもしれませんが、これとディジョンのマスタード、おいしいジャガイモがあれば"steak frites"なんか簡単にできちゃいます。こんなんだって立派な「フランス料理」なんですよね。

家庭でフリット(フライドポテト)をつくるには、油のなかにカットしたジャガイモを入れてから火をつければけっこう上手にできるものなんです。その間にステーキを焼けばいいわけです。フライパンで焼くのであれば、思いっきり強火で表面を焼きかためたら、濡れ布巾か何かでフライパンを冷ましてやって、フタをしてごくごく弱火でじっくり火を通すだけ。ときどきのぞいてやって、肉汁が浮きあがってくるタイミングで焼きあがり。これでだいたい「ア・ポワン」(à point 日本だとミディアムレアにあたるかな?)になります。

個人的にはバヴェットとかオングレ(=ハラミ)はビヤン・キュイ(bien cuit =ウエルダン)の方が好きなんで、焼きすぎちゃってもOKって思うんですよね。とくに、フランスのカフェなんかでステーク=フリットを注文すると肉はたいていオングレなんですが、けっこうな確率で"très très bien cuit"なのがでてきたりします。それはそれでなかなかいいもんなんですよ。

で、フリットとステーキを皿に盛りつけて、ディジョンのマスタードを添える。そこそこおいしいバゲットがあればしっかり「おうちフレンチ」できちゃうわけです。ちなみに、味つけですが、ステーキの塩コショウのタイミングは諸説あって、まきもの屋は食べるときにじぶんで味付けすることにしています。その日の体調とかで塩加減は変わるもんですしね。

いったん解凍したフラップミートは、丈夫なキッチンペーパーで包んでやって、さらにラップをかけて冷蔵庫で10日くらいは持ちます(紙とラップはまめにとりかえます)。2人であれば、計5回はステーキ・ディナーをたのしめるわけで、あとはソースをつくってみたり、付け合わせをゆでたアリコ・ブールとアリコ・ヴェールにするとか、グラタン・ドフィノワにするとか、いろいろ変化をつけるとけっこう飽きないもんです。ソースだって、ステーキを焼いたあとそのままのフライパンに生クリームとゴルゴンゾーラを入れてちょっと煮つめるとか、単純に赤ワインを煮つめて塩コショウで味付けしても充分おいしくできます。

だいたい、家庭でどうしてもできないのって、フォンやフュメつまり出汁をとることと、スチコンやらガストロバックやらブラストチラーといったプロむけの厨房機器を活用した調理法くらいでしょう。さすがにそういうのはプロのみなさんにおまかせるのがいいわけです。「おうちフレンチ」はそこそこおいしければ合格点をじぶんにやっていいんじゃないかと。

で、「おうちフレンチ」のポイントは何かっていうと、結局のところ食材なんだと思います。ステーク=フリットをやるのに、スーパーでサーロインとか買ってきちゃいけません。やっぱりフラップミートか、せめてインサイドスカート(=ハラミ)でないと。ジャガイモも男爵じゃうまくいきません。それくらいならハインツの冷凍シューストリングのほうがまだそれっぽくなります。マスタードもそれなりのものにしましょう。あとはきちんとしたレシピを見て、そのとおりに作ること、ですね。ダイヨウとかアレンジはいけません。料理の素人がなまじっか頭をつかうとロクなことになりません。ヘタをすれば「メシマズ」呼ばわりされちゃいます。

肉、魚、調味料はもちろんなんですが、野菜はけっこう「おうちフレンチ」を楽しむには大切だと思います。もちろん、まきもの屋は西洋野菜専門の生産者だからそう思うわけなんですが(笑。じっさい、上で書いたような冷凍フラップミート1枚まるごと買うのって、やっぱり勇気いりますよね。食べきらなかったら…とか、そんなにステーキばっかり食べられるか! とか。それに、とくに肉なんかそうですけど、デパ地下あたりでいいものを買おうとするとけっこうなお値段です。その点、野菜でしたら、国産であれば高いといってもタカが知れています。

そんなこんなで、土曜発送の個人様むけ「まきもの屋の自家用野菜セット」に「ミニ」という設定をもうけました。これまでのセットの約半量です。「おうちフレンチ&イタリアン」にぜひぜひご利用ください。野菜解説とレシピもおつけしております。くわしくは商品紹介ページをご覧ください。

レシピも少しずつ書いてはいるんで、そのうち、ある程度数がまとまったらどこかの出版社にでも売りこんでみますかね? タイトルは『西洋野菜が主役! まきもの屋の"おうちフレンチ&イタリアン"』なんてどうでしょう? (笑

グラタン・ドフィノワ

グラタン・ドフィノワについて書くのはこれで何度目だろうか? この料理にはチーズなんか入れちゃいかんというのがこだわりなんだが、タマネギやらグリュイエールやら使っているのを食べたことがあって、「そりゃ違う料理でしょ、ドフィノワとは謳わないほうがいいんじゃないか」と思ったこともある。

パリで暮していたころさんばっぱら食べたものだから、けっこううるさいのである。ただ、日本でやろうとすると、どうしても乳製品の質のちがいがネックになる。もちろんジャガイモがいちばん重要だ。まきもの屋の家庭料理ではアンデスレッドをつかうことにしている。キタアカリではおはなしにならない。

それから侮ってはいけないのがナツメグ。パウダーで売っているんじゃなくて、ホウルのをその都度おろして使う。それもたっぷりと。このへんは好みの問題だろうから、あんまり自己主張はしないでおこう。

で、忘れてはいけないのが火の通しかた。いちおう180℃50分というパターンはできているんだけど、かならずしもいつもそれがベストとはかぎらないのは、料理人諸氏であれば容易にご理解いただけることだろう。このところ2回連続でプラス10分しなくてはならなかった(それも温度を上げて)。ジャガイモの水分も関係しているように思う。とにかく、「ホクホク」はダメだし、ゴリゴリも論外。ベストの火入れはこんな料理でもやっぱりむずかしいものである。

トリ胸肉のトマト煮、アリコ・ブールとミニ・ポワロー

どうして日本のスーパーって、鶏肉を部位ごとに売るんだろう? 不思議でしょうがない。もっとも、日本の食肉用の鶏は大量生産品のばあい大型のものが多いみたいだから、2kgちかいのなんか一般家庭じゃなかなか食べきらないかもしれない。ブラの冷凍丸鶏が大きさも値段も手頃なんだけど、売っているところまで行くガソリン代のほうが高くつくので却下。

そんなわけで一枚約75円の国産鶏胸肉である。あんまりおいしくないのは言わずもがな。しょうがないから、「はねだし」のスーパー・マルツァーノで旨味をおぎなう。ほかの野菜もぜんぶ「はねだし」。そんなものである。

ルーコラ・セルヴァチカについて考えてみる

(写真は2009年4月に撮ったものです。) 産直の「おまかせ西洋野菜セット」の定番品、ルーコラ・セルヴァチカであるが、まきもの屋としてはあんまりにも日常と化してしまった野菜なので、意外かもしれないが客観的な評価ができないでいる。なにしろ他産地のものは写真でしか見たことがないから。ほかの多くの商品でも似たようなことはある。

ちょっと気になって、いろいろWEBで写真をみたり、いつもお世話になっているM社長に教えを乞うたりしたんだが、株どり、根付きのものが存外多いらしい。ネット販売などで見かける写真も若い株のものがほとんどである。

うーん、それってどうなんだろう? 春先に若い株のものを「おまかせ西洋野菜セット」にお入れしたときに、あるシェフから「ずいぶんマイルドになったけど、品種変えた?」って言われたくらいなんだけど。そう、風味が最大になるタイミングというのがあって、それより早くても、遅すぎてもイマイチなのである。

ルーコラ・セルヴァチカ、学名 Diplotaxis tenuifolia 、いちおう「栽培種」のルーコラ(ルッコラ、ロケット) Eruca sativa とは別物ということになっている。じっさい、このふたつは交雑しない。市場名「セルバチコ」、ルッコラ・セルバチコとか、ワイルド・ロケットなんて呼ばれかたもするみたいだ。まぁ、どう呼んでもいいんだろうけど、いちおうイタリア語で言うばあいには性の一致はしておきたい。

ちなみに、フランスではいわゆる「栽培種」のほうが一般的である。手元のフランス語の資料2冊を確認したが、ルーコラ・セルヴァチカについて、ひとつは記載なし、もう一冊は"Roquette cultivée et sauvage"として項目は立っているが、詳述はなし。フランスの食文化って辛いのをかなり嫌うから、ルーコラ・セルヴァチカは"trop fort"(強すぎる)なんて言って敬遠されちゃうんだと勝手に想像している。

US系だと思うが、さいきんはルーコラ・コルティヴァータで葉の刻みがはいる、一見ルーコラ・セルヴァチカみたいな品種もある。まだ日本のマーケットには出回っていないと思うが、まぎらわしいことこのうえない。

そもそもがイタリアの野草だから、フランスで一般的でないのは当然といえば当然である。が、すくなくとも日本のフランス料理界ではルーコラ・セルヴァチカの需要もあるらしく、好んでお使いになる料理人さんもいらっしゃるみたいだ。

というわけで、市場に投入するか、迷っているところである。まきもの屋の想像がただしければ、いささか微妙とはいえ他産地のものとはちがいのある商品になると思う。ポワロジューヌとミニ・ポワローのような決定的なちがいがだせるんだったら迷わず投入できるんだけど、見ためはおんなじというところがひっかかっているのである。それに、M社長いわく、現状での供給も多めということだから、埋没してしまうリスクも大きいかな。うーん、やっぱり迷うなぁ。

Son chi sono

18世紀イタリアの劇作家ゴルドーニの『ラ・ロカンディエーラ』La Locandiera (宿屋の女主人)冒頭のセリフなんだけど、けっこう好きなコトバである。あえて訳すなら「私は私」かな。ただ、この芝居のなかでは、「私を誰だと思ってるんだ!」みたいなニュアンスでつかわれている。

「私は私が現在かくあるところの者である」。どういうわけか、ゴルドーニから離れて、ニーチェ的な肯定と意思の言葉として頭にのこっている。

でも、まぁ、ゴルドーニを読むのにニーチェを持ちだすなんて野暮なハナシ。だいたいが、まったく関係がないんだから。もっとも、百姓としては稀代の語学力を誇る(笑)まきもの屋も、ゴルドーニのたいていの作品は脚注を見ながら辞書を引き引き、暗号解読するように読むから、そんなこと考える余地もないんだけど。(だって方言というか訛りだらけなんだもん…)

はなしを戻して、"io sono chi sono"でもなく、"son chi son"でもないところがこのセリフのミソだろう。さいごの"sono"がつよいのである。不定詞(原形)は"essere"、フランス語だと"être"、ドイツ語の"sein"、英語の"be"である。存在と様態をあらわす動詞。そう、"to be or not to be"なんですよ。

デカルトの"cogito ergo sum"(我思う、ゆえに我在り)の"sum"である。これはもちろんラテン語。で、また飛躍したくなるんだが、"penso dunque son chi sono"なんて言ってみたくもなる。我思う、ゆえに我かく在り、みたいな。

うーん、ますます読者諸賢のお目よごしになってしまった。意味不明ですな。陳謝いたします。いや、食べ物のことばっかり考えているわけじゃないということでどうかご勘弁。BLOGは好き勝手に書かせていただくことにしているんで、どうかご容赦の程。

あ、注意しておきますが、存在と様態をごっちゃにしている点で、言語学的にというか文法的に上で書いたロジックは滅茶苦茶なんで、学生さんがこれを見てレポートなんかに使わないことを切に願う次第。こんなんじゃ単位とれないよ。

和魂洋菜

えー、ひさしぶりにダジャレのタイトル(笑。

よく誤解されるんですが、まきもの屋はべつに「フランスかぶれ」でもなんでもないんですよ。ヨーロッパが好きとか嫌いとかそういうのはあんまり問題にならないんです。ただ、多少はよく知っているということもあるし、時折はバヴェットとかブダン・ノワールが食べたいなんて思うんですが、それって、神保町に店がいっぱいあった天ぷら屋の天丼が食べたくなったり(店によって天ぷら定食だけのところと天丼だけのところがあったっけ)、出張で築地に行けばそりゃ「トロ」を食べたくなったりするわけで(前回の出張じゃチャンスがなかったけど)、そういうのとおなじなんですよね。

まぁ、いつもの繰り言なんですが、日本で日本人がイタリア料理、フランス料理を食べに行くときって、やっぱりあくまでも「イタリア料理」「フランス料理」であってほしいと思うひとはけっこう多いんじゃないでしょうか?

じっさい、和の食材って、レストランの客としてはどんなもんなんでしょう? 調味料にしろ野菜にしろ、あんまり「和」の素材をつかわれちゃうと、所詮は「和洋折衷」に過ぎないんじゃないかって気がしてならないんですが…。

和洋折衷と和魂洋才って、似ているようで、やっぱり意味のちがうコトバですよね。和洋折衷は「様式」つまりモノゴトの表れのことを意味するわけで、和魂洋才は文化的、精神的ありようを指すわけでしょう? 極端なはなし、和洋折衷は節操なくいくらでもできるわけです。でも和魂洋才をいうときには、コアにしっかりとした思想が必要ですよね。

そりゃ、日本人である以上、文化的に日本人であることからは逃げられません。そういうのって、料理だったらまず塩加減、火の通しかた、盛りつけ、あたりにおのずと表われてくるものなんじゃないかって思うんです。たとえばフランス人と日本人の料理人さんが、まったくおなじ素材でおなじ料理をつくったとして、やっぱり違うはずです。それを料理人さん個々の差異、つまり「個性」の表れとみるか、もう一歩踏みこんで、その背景にある文化的なものをみるか、そういうことなんじゃないかと。

個性、いってみればオリジナリティですな、それをよーく考えていこうというときには、やっぱりその人となりを構成する要素をひとつひとつ分解し、分析していくわけです。そのなかには、かならずその人の生れ育った文化というのが影響を及ぼしている、というか支配的だったりするところがあります。それを見つめるということが、「和魂洋才」につながっていくんだと思うんですよ。

気鋭の料理人さんが、自分は日本人なんだから、フランス料理を伝えることよりも、日本人であることを表現したい、なんておっしゃっているのをどこかで読んだことがあります(っていうか、こういうことをおっしゃる料理人さんって結構多いみたいですな)。まきもの屋はフランス語の教師をしていたころ、「自分は日本人なんだから、フランス語を教えることよりも、日本人であることを表現したい」なんてことは言いませんでしたね。

だからといって、なにがなんでもフランス万歳とか、イタリアかぶれ、みたいなのも感心しません。 どちらが優れているとかエラいとか、そういうことじゃないんですよ、文化ってものは。あくまでも等価、でも違いがある、そういうものなんです。だから、尊重するというのは、盲目的になることとはやっぱり違うんです。

異文化というのは鏡みたいなものです。知れば知るほど、自分自身の姿も同時によりはっきりと見えてくる、そういうものなんです。異文化を尊重するというのは、自己の文化を大切にすることでもあるんです。

「和魂洋才」をいうんでしたら、むしろいっそのこと、料理から「和」を連想させる素材をぜーんぶ締め出しちゃえばいいんです。で、徹底的にフランス料理、イタリア料理の技法でつくる。それでもフランス人(イタリア人)料理人さんのつくるものとは決定的にどこか違うはず。そこにこそ、自分が日本人であることが表われているんじゃないでしょうか?

いぇいぇ、そんな大仰なことを申しあげたいんじゃないんですよ、「和洋折衷」から「和魂洋菜」へ、ちょっと格好いいと思いません? じつはそれだけのことでございまして…。でも、これってたんなるダジャレじゃなくて、けっこう奥の深いテーマなんじゃないかとひとりごちてはいるんですが…。

心の準備が…

産直のお取引先様はもちろんだが、築地に出荷している商品についても、どこそこのレストランさんが メニューにご採用くださった、なんて情報を時折関係各位からいただく。まことにありがたいことであり、身のひきしまる思いである。

ただ、そういうハナシがでてくるときって、「お客さんがメニューに採用してくれたんだから欠品するな」という文脈がほとんど。そう、少量多品目栽培で、しかもヘタレなまきもの屋としては正直なところまことに辛いのである。

このところよくあるのが、「そんなに植えてないよぅ!」というケース。まとまった「特注」が入り、そのあと足りなくなりそうになってあわてて市場の担当氏と相談。でも、相談といっても、市場の中の人はやっぱりお客さんの味方なんだろう、いっつも、「量はすくなくしても、絶対に途切らさないでね(はあと)、みたいな結論になる orz...

でも、植えていないものは存在しない、というか、植えた以上の量を出荷することなど不可能なのである。植える量、つまり作付数量は、市場での販売状況をみながら、カンでやっているのが実情である。で、作付数量を変更すると、だいたい2〜3ヶ月後の出荷に反映されることになる。

困ってしまうのは、一時は人気がなかったからと作付を減らしたら、しばらくしてメニューにご採用いただく、なんてパターン。これは、単純にまきもの屋の読みまちがえ、ようするにミスなんだけど、どのレストランさんがメニューにご採用くださるかなんて、こちらとしてはわかる術がないのである。

いや、事前にわかれば、心の準備くらいはできるので有り難いんだが…。もっとも、心の準備があろうとなかろうと、自然相手なんだから、ダメなときはダメになってしまってご迷惑をおかけする可能性もないわけじゃないんだけど、それでも、優先順位というか、気合の入れようは当然かわってくるんで。

そんなわけで、メニュー、とくに1ヶ月とか3ヶ月の長期にわたるもので、まきもの屋の野菜をご採用いただける場合には、仲卸さん、八百屋さんを通してで結構ですので、ぜひぜひご一報いただければ助かります。そのときに、卸の担当さんに伝えるようにキツーくおっしゃっていただければ尚ありがたいです。

もちろん、こちらのサイトのメールフォームから直接ご連絡くださっても結構です。ついでにおつきあいのある仲卸さん、八百屋さんにも一声かけておいてくださると、後々波風もただず、よろしいのではないかと。まきもの屋としては、レストラン様にはすでにある八百屋さんとのおつきあいを大事になさっていただきたいと心より思っております。「産直」をやっているとはいえ、まったく営業センスがないので、基本的に、販売はプロの方々にお願いしているわけですから。

でも、情報、フィードバックは欲しいんですよ。ほんとうに。直接、間接問わず、お手数でもご連絡いただければほんとうに有り難いんです。よろしくお願いします。

メランザーナ、それともメランツァーナ?

たまにはイタリア語ネタでも。地域によってもちがうから、とくに迷うのが"z"の読みかた。そう、方言がゆたかということもあるから、「ズ」の音でも「ツ」の音でもどっちでも正しいということがよくあるみたいである。

そんなこと言われたって、どっちかで覚えないと困るのが外国語学習者の常である。イタリアのひとたちが実際にどう言おうと、いちおうは「イタリア語辞典」というのがあるわけで、なんというか標準語があるわけ。だから、とくに地域を限定しなければ、やっぱり「イタリア語」として学習するわけで、そうなると必然的に「標準イタリア語」ということになる。

いや、フランスだって方言はたくさんあるんだけど、歴史的な事情から、「標準語」の成立がはやかったし、国策としてその普及をすすめたということもあって、「フランス語はフランス語」というふうになっているわけ。ただ、それって公式というか、あくまでも教科書的なものだから、じっさいにはそれぞれの地域性というのははっきりのこっている(はず)。

さて、「標準イタリア語」のばあいだが、ナスつまり"melanzana"はどっちの発音が標準か? 手元のIl Grande Dizionario Garzantiだと[me-lan-ʒà-na]という発音記号が記されている。この[ʒ]はこの辞書の凡例によると"gigolo"(ジゴーロ)、"casual"(カジュアル)の「ジ」というか「ズ」というか「ジュ」の音ということになっている。

じゃあ、ブレット(ビエトラ)をもちいる料理として有名(?)な"seppie in zimino"はどうだろう? 上記の辞書だと[ʒi-mi-no]となっている。カタカナで書くと「ジミーノ」がいちばんちかいだろうか…。どうも習慣として「ズィミーノ」と書いちゃうんだが…。

もちろん「ツィミーノ」でもいいわけで、個人的にはその発音を聞いたことはないんだけど、地域によってはそう呼ぶところもあるはずだから、それでいいのである。

だいたい、Zerlina (モーツァルトのオペラ『ドン・ジョヴァンニ』の登場人物名)を「ゼルリーナ」って発音しちゃったらかわいくないでしょ? やっぱり「ツェルリーナ」じゃないと。「ゼルリーナ」だと コメディア・デ・ラルテのドットーレとかブリゲッラがしゃべっているみたいでどうもよろしくない。ツェルリーナは役柄としてはコロンビーナの系譜に属するわけだから、やっぱり濁らないほうがいいと思う(ちょっと説明がたいへんだから、そういうふうに個人的に思っているということでご勘弁)。

ごくごく大ざっぱな傾向として、"z"の読みかたが北は「ズ」が、南は「ツ」が多い傾向にあるみたいではある。でも、ほんとに「大ざっぱ」なわけ。しょうがないよね。外国のひとが日本語を勉強するときに、東北弁と関西弁と標準語をぜんぶまとめて覚えるわけじゃないでしょ? それとおんなじ。「現地」にいないんだったら教科書的な「標準語」を覚えるのがいちばんいい、そういう「実用上」の理由で覚えることを少なくしていかないと、とてもじゃないけど外国語の習得はあんまりにも大変ですよね。

イタリア語の"s"を「ス」と読むか、「ズ」と濁らせるかもおんなじ。モーツァルトのオペラ"Così fan tutte"は「コシ・ファン・トゥッテ」か、それとも「コジ」か? 日本ではけっこう錯綜というか混乱していた時期が長かったみたいだけど、多くの上演で「コジ」の発音で歌われているわけだから、いまでは「コジ・ファン・トゥッテ」で定着したみたい。

"S"の場合、イタリア語では"s impura"というのがあって、こういうときはかならず濁るというのがある。Svevo(作家の名前)とかそう。これは「標準イタリア語」の教科書のさいしょのほうにかならずのっているから、しっかり理解はしておいたほうがいいと思う。まぁ、単語ごとに発音を覚えればいいだけのことなんだけど。

言語というのは「絶対」のないもので、それはフランス語でも日本語でもそう。時代や地域によってつねにいろんな「相」をみせてくれる。どれが正しいとか間違っているとかということはない。でも、外国語を学習するときには、やっぱり「正しいもの」を学ばなければならない。ただ、それが「絶対」じゃないということは頭のどこかにあったほうがいいかもしれない。言語というのはコミュニケーションの道具なんだから、偏狭な原理主義はその妨げになるだけ、「寛容」がいちばん大事なんだと思う。コトバなんて通じりゃいいのよ。ただ、じぶんの知っている発音とちがうものを聞いてそれを理解できるということは、それだけ語学習得レヴェルが高いということでもあるからなかなか大変ではある。

って言うか、まきもの屋が「コトバにうるさい」っていうのは、こういうことも含めたうえで、コトバが文化そのもののひとつの表れだと考えているから。つまり、ある「スタンダード」にたいして逸脱があったとして、それがどういう背景を持っているかが問題なわけ。背景なしの無知、無理解、うっかりミスというのはそれこそ絶対に許されないものだと思う。

なんだか農家のオサーンのBLOGらしからぬエントリがつづいてしまった。次回はできたら野菜の話題に戻したいとは思うので何卒ご容赦の程(笑。

追記:外国語を学習するときにわれわれはつい「規範」にとらわれてしまうんだけど、規範=正しい、のはいいけど、かならずしも、正しい=規範、じゃないってことは大切だと思う。

頓挫

レストランの閉店情報とおんなじで、ふつう、悪いはなしは最後の最後まで表にださないものなんだが…、ヘタレなので早々に書いてしまうことにする。

じつのところ、なんだかんだでまきもの屋の経営は相変らず厳しいままである。すこしずつだけど取引先も増えて、市場での販売も現状ではそんなに悪い感触ではない。関係各位のご尽力の賜物である。でもうまくいっていない。

いってみれは「回っていない」のである。レタス・キャベツ時代の負の遺産が多すぎる。いま栽培している西洋野菜はこれらとはあまりにも栽培条件がちがう。だから「負」なのである。

これを整理して、栽培環境を整えるべくある計画を立てたんだが、いざ実行に移そうとしたところで、あえなく頓挫してしまった。

計画変更、次善の策を練らねばならない。急がないと冬を越せなくなってしまう…。

「持てる者」のところになんでもかんでも集中するのは世の倣いで、まきもの屋のごとき無産者はチャンスさえもなかなかつかめないのが現実である。そんなことを不惑をとうに過ぎてあらためて思い知るなんて、まことに情けない。

何を書いても愚痴にしかならない…。まきもの屋の野菜を支持してくださっている料理人さん、レストランのお客様のお気持ちに応えたい。でも、乗り越えるべき壁はあまりに高くて、挫けそうである。

ルーコラ・セルヴァチカとアンチョヴィのピザ

これを「ピッツァ」と言っちゃ、いくらなんでもマズいでしょうという程度の出来ではあるが、なにぶん素人の家庭料理なもんで。カメリアの強力粉とイースト、クラフトのモッツァレッラ、ソルレオーネのアンチョヴィ、スーパー・マルツァーノのペースト、ルーコラ・セルヴァチカ。現実はこんなもんです。

市内まで行けば、高崎イタリアンと呼ばれるピザ、スパゲッティ屋さんはたくさんあるんだけど、ああいうところのって、チーズがモロにセルロース添加で、どうにも苦手。MSGもすごいし…。

そんなことはどうでもよくて、どうでもよいついでだが、フランス語だと「ピッツァ」じゃなくて「ピザ」である。「ピザー」にちかいかな。で、10年以上前のことだが、US系の宅配ピザ屋がパリの街中にはけっこうあったりした。店に買いに行くと一枚オマケなんてシステムもあったみたいだ。買ったことも宅配を頼んだこともないけど。

牛ほほ肉のトマト(スーパー・マルツァーノ)煮込み、クスクス添え

めずらしくオーソドックスな料理名かな? なにしろ野菜がいちばん前にでてないんだから。でも、他に書きようがないんだからしょうがない。というか、「こだわり」も何にもないのである。それとも「スーパー・マルツァーノと牛ほほ肉の煮込み」? それなら原型が残ってないとちょっとよろしくないでしょう。

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オーストの冷凍牛チーク約1kgにたいしてスーパー・マルツァーノ約15ヶ。お取引先様からすると噴飯モノの使用量かもしれない。が、ご安心ください。これはぜーんぶ「はねだし」。写真右側のがそうなんだけど、一部黒い丸がでているのがおわかりだろうか。これ、俗に言う「尻腐れ」、正確には石灰欠乏症という生理障害で、レタスや「エンダイブ」の葉先が黒く枯れたりトロけたりするのとおんなじ。

問題の部分をとり除けばもちろん食べられるわけなんだけど、放っておくとそこからカビや腐敗がはじまるから厄介なシロモノである。

そーゆーのでもいいから安く売れなんておっしゃらないでくださいね。なにしろこういうのは責任持てないんですから。とるときにはすでにカビがすこし発生していたりするんで、ご自分でとりに来てくださって、そこから先はすべて自己責任ということならはなしは別かもしれませんが。それに、こういう「はねだし」を食べて生きてるんですから、これまで売っちゃったら食べるものがなくなっちゃうんですよ、オスカー・ワイルドの「幸福の王子」(アンデルセンじゃないですよ、念のため)じゃないんだから、そういうわけにもまいりません。売りものにならない野菜くらい、好き放題に食べさせてください。

そもそも、「しまった、失敗した」という料理をシレーとお客様に出すなんてできないでしょ? それとおんなじなんです。いや、まぁ、プロの料理人のみなさんはそういう失敗なんてそうそうなさらないとは思いますが。野菜の場合は一定量、不可抗力で売り物にならないのがどうしてもでてきます。それは「失敗」とは違うんですが、それを売っちゃうようじゃプロとしての沽券にかかわるというものです。