ボルドーのジレンマ
ワインの話ではございません。防除のことです。
農薬にボルドー液というのがあります。殺菌剤です。厳密には生石灰と硫酸銅を調合したものですが、それ以外の無機銅剤も一般的に「ボルドー」と呼ばれています。
歴史は古くて、19世紀後半にボルドー大学の先生が開発したといわれています。そのへんのはなしはWikipediaでもご覧になってください。
殺菌剤としての原理は銅イオンの殺菌効果によるものでして、台所の三角コーナーとかで銅でできたのがありますよね、ぬめりにくいという、それとおんなじ原理です。
そんなに強力な殺菌効果は期待できないんですが、銅じたいは食品残留基準からも除外されている物質ですし、有機JASにしろUSのOrganicにしろヨーロッパのBIOにしろ、使用がみとめられているスグれものなんです。さらにスゴいことに、植物を「締める」といいますか、徒長を抑制していいかんじに仕上げられるという副次的な効果もあります。
さて、この素晴しいボルドーですが、大きな欠点があります。銅化合物だからとっても青いんです。さらに、製品として売られている無機銅剤は銅がイオン化するスピードを調整するために炭酸カルシウムを混ぜてつかいます。食品添加物としてもつかわれているものですが、これがはげしく白いんです。どちらも散布後に思いっきり「薬痕」がのこります。
おなじ殺菌剤でも、たとえばイプロジオンとかオキソリニック酸なんかは思いっきり化学合成農薬ですけど、ボルドーにくらべると薬痕はほとんどのこりません。
みなさん、どっちがいいですか? どっちもイヤなんておっしゃらないでくださいね。理由はつぎのとおり。
植物の病気というのは大ざっぱにいってカビとバクテリアによる腐敗です。人間でも動物でもそういう病気はありますよね。真菌性の皮膚病とか、大腸菌やブドウ球菌による病気とか。似たようなものなんですけど、そういうカビやバクテリアに冒された野菜ってのは、食べものとしては不適格ですよね。パン屋さんでカビの生えたパンをもし売っていたとしたら問題でしょう?肉屋さんで腐った牛肉を売っていたら大騒ぎになりますよね。野菜もおんなじですよね。
カビにしろバクテリアにしろ、発症していなければまず肉眼ではわかりません。が、菌ってヤツは葉などにとりついて収穫後もせっせと増殖するんですよ。有名なのがレタスの腐敗病。収穫のときはなんともない、健康なレタスだったのに、翌日市場に届いて箱をあけたらドロドロに溶けちゃっていたりするヤツです。一見健康にみえても、目にみえないシュードモナスという細菌が葉の表面やらいたるところでせっせと増殖しつづけていて、ある一定の菌密度を越えると一気に発病しちゃうんです。これを防ぐには、とにかくレタスの葉表面の菌密度を下げるしかありません。肉眼じゃわからないから、殺菌剤で予防するしかないんですよ。
それでも殺菌剤はイヤですか? 防除しないってことは、いま書いたように、それなりのリスクをお客さんに要求する行為なんですけど。
なんか、ワインのSO2(二酸化硫黄=水と結びついて亜硫酸塩)問題と似ているような気がします。これをつかわないと酸化はするは雑菌は増殖するはと大変なことになるリスクがあるのに、これを嫌って「無添加」のほうがいいとおっしゃる方々がいらっしゃるわけですよね。これを使わずに品質、味を保証できるんであればそれにこしたことはないんでしょうけど、現実にはなかなかそうはなっていないらしいですよね。つまり、使わないことによるリスクをお客さんに、言葉は悪いですけど、押しつけちゃっているようなもんじゃないでしょうか? お客さんがそれでいいとおっしゃるならまったく問題ないんですけどね。
防除が好きな生産者ってのはそうはいないと思います。面倒だし大変だし経費はかかるし…。やりたくないんですよ。カビてようが腐ってようが虫がいようがかまわないとおっしゃってくださって、ちゃんとコストに見合った値段で買ってくださるなら、防除なんて しませんよ。誰がしますか、そんなもの。
でも現実には防除しないと売るものが減っちゃうわけですから、しょうがなくやるんです。農薬嫌いの方が多いんで、なるべくマイルドな、ボルドーみたいな「有機JASでもOK」みたいなもののほうがいいと思うんですけど、上に書いたように薬痕の問題があるんですよね。たんなる鉱物の微粉末だから水で洗えばバッチリ落ちちゃうんですけど。
そう、水で落ちるということは、雨が降ればいいわけで、露地栽培ならそんなに問題にはなりません。が、雨よけハウスだともちろん雨は降らないわけですから、1ヶ月たってもしっかり薬痕がのこっていたりします。
もっともマイルドですぐれた農薬のひとつが、見た目にはもっとも「農薬らしい」インパクトがある。ジレンマですよねぇ。
ついでにちょっとスゴいことお教えしちゃいましょう。きちんと殺菌剤で防除していないキャベツ畑、掃除していない風呂場みたいな臭いがただようんですよ。風呂用洗剤の原液をぶちまけてデッキブラシでこすりたくなるような…。おわかりになりますかね? キャベツは株元というか外葉と球のあいだに水がたまるので、球尻がヌメっていたりします。かつて有機、無農薬系の業者さんにキャベツを納めていたからよーく知ってます。まぁ、このヌメりは基本的には悪さをしないし、乾けばわからなくなっちゃう程度のものなんで、気にすることはないと思いますけど、殺菌剤をつかっていないキャベツの外側数枚の葉はよーく洗ったほうがいいでしょうね。そのまま食べちゃうのは風呂場を舐めてそうじするようなものでしょうから。