"Oi"のこと(語学ネタ注意)
ひさびさの語学ネタです。しかもちょっと専門的というか、初級フランス語のクラスじゃほとんど話題にしないことだと思いますんで、知識のひけらかしということになりましょうか。
タイトルですけど、"oie"のスペルミスじゃありません。いえ、"oie"もあとで例にだしますけど。
ところで、先日、Anonymus 4, Love's Illusion -- Music from the Montpellier Codex 13th-Century, Harmonia mundi, 1994.というCDをひっぱりだして聴いていたんです。
13世紀フランスの世俗歌曲で、たとえばこんな歌詞です。
Puisque bele dame m'eime,
destourber ne m'i doit nus;
すごいですよね。とてもじゃないけどフランス語とは思えないくらいです。さすがに対訳がないとわかりません(1)。なかなか不親切なCDで、英訳と独訳しかついてないんですよ。現代フランス語はナシ(泣。英訳は"Since a beautifl woman loves me, no one should trouble my peace."
で、ですね、2行目の"doit"はカタカナで「ドゥエ」みたいな発音なんです。おわかりでしょうか? "Oi"の綴りは現代フランス語だと「ォワ」のように発音することになっています。発音記号で書くと[wa]です。"Trois"(トロワ=3)とか、"roi"(ロワ=王)とか。ところがですね、
むかしは"oi"の綴りは「エ」と読まれていたんですよ。
フランス語の時制に「半過去」ってありますよね。"Il mangeait"(イルマンジェ=彼は食べる)みたいな"ai"が語尾にはいる時制です。この"ai"は「エ」と発音しますね。これ、むかしは"oi"の綴りだったんですよ。たとえば16世紀、ラブレーの『ガルガンチュワ(2)』冒頭。
A ceste fin, avoit ordinairement bonne munition de jambons de Magence et de Baionne, force langues de beuf fumées, abondance de andouilles en la saison et beuf sallé à la moustarde, renfort de boutargues, provision de saulcisses, non de Bouloigne (car il craignoit ly boucon de Lombard), mais de Bigorre, de Lonquaulnay, de la Brene et de Rouargue.
こんなに長々と引用する必要ないんですけど、食べ物のハナシなんでサービスしときます(16世紀にバイヨヌのジャンボンとか、ボローニャじゃなくてビゴールのソシスなんて言ってるんですから、うれしくなっちゃいますよね)。で、さいしょから4つめの単語"avoit"ですけど、これ、動詞"avoir"の半過去。いまだったら"avait"と綴りまして、「アヴェ」のように読みます。もちろん、"avoit"もおんなじように読むことになってます。この、半過去の語尾の"oi"という綴りは18世紀まではあたりまえのように使われていました。
さて、冒頭の"oie"(ォワ=鵞鳥)ですけど、手許のLe Petit Robert 1という辞書によりますと、13世紀にこの綴りになったようで、12世紀だと"oe"または"oue"だったそうです。「ォエ」あるいは「ゥエ」みたいな発音だったようです。さきほどの、むかしの"oi"の読みかたを考えると、"oie"も 「ゥエ」みたいな発音だったと考えられますね。
鵞鳥をだしたらフォワグラに触れないわけにはまいりません。問題は"foie"ですけど、12世紀には"fedie"または"feie"だったそうです。後者はとうぜん「フェ」みたいな発音になりますね。さらに遡って8世紀には"figado"という綴りだったと。おっと、何かに似てません? そう、イタリア語の"fegato"そっくりですね。語源がまったくおんなじだということがよくわかります。ちなみにその語源、もともとは「イチジク」いまのフランス語だと"figue"(フィグ)ですけどラテン語の"ficus"です。「イチジクをたんまり食べさせて太らせた鵞鳥のレバ」(iecur ficatum)、ということらしいですね。そう、ラテン語の表現にあるくらい、フォワグラってのは古ーい食べ物なんですねぇ。まったく、人間の欲望というのは底知れずおそろしいものです(笑。そうそう、生のイチジクをイメージしちゃうと「どうしてそんなんでフォワグラができるの?」ってなっちゃうでしょうけど、乾燥イチジクというはなしですんで、念のため。乾燥イチジク、おいしいですよね。
初級フランス語で「王」は"roi"(ロワ)、王妃は"reine"(レヌ)と習うと思うんですけど、「男女で対応してないじゃないかゴルア!」とお思いになりませんでしたか? じつは"roi"はその昔は"rei"とか、"roy"あるいは"réなんて綴りもあったと記憶していますが(ごめんなさい、ちょっとうろ覚えです)、ようするに「レ」とか「ㇽエ」みたいな発音だったんですよ。「レ」と「レヌ」だとうまく対応しますよね。それが時の流れとともにいまみたいにちょっと似ていない語に分かれちゃったんです。いつごろ「ロワ」みたく発音するようになったのかは知りません。ご興味がおありのむきはご自分でお調べくださいな。ちなみに、語源はラテン語の"rex"。あの有名な"T-Rex"の"rex"ですね。
ちょっと今日のはムズかしすぎましたか…。まぁ、テストには出ないと思うんで安心してくださいな。




