"Choucroute"あるいはネオロジーについて(またしても語学ネタ注意)
てなワケでしつこく語学ネタです。じつはこのネタ、フランスの大学にいたとき、言語学の授業でフランス人の学生が発表したのを聴いたというヤツで、ワタクシのオリジナルじゃありませんし、そもそも専門的な辞書を引けばすぐにわかるものです。でも、けっこう好きなネタなのに前職では使う機会がなかったんで、書いちゃいますね(ようするに初級クラスじゃ難しすぎるネタなんですけど)。
アルザスの郷土料理に「シュクルート」(シュークルートのほうが一般的でしょうか…)というのがありますね。ソーセージやらのシャルキュトリーとあたたかくて酸っぱいキャベツの料理です。あ、ジャガイモなんかも入りますか。フランス語だと"choucroute"あるいは"choucroute garnie"です。"choucroute"は女性名詞です。
アルザスというのはドイツと国境を接した地方で、歴史的にはフランスだったりドイツになったりというのを繰りかえしてきた土地ですね。アルフォンス・ドデの『最後の授業』で有名ですね。
で、"choucroute"なんですけど、直接的にはアルザス語(方言というよりはブルターニュ語みたく独立した言語とあつかいたいところです)の"surkrut"が語源です。コレ、いうまでもなくドイツ語の"Sauerkraut"(ザウアークラウト=ザワークラウト)の方言です。
だいたいここまではよく知られたことなんで、読者諸賢には釈迦に説法でしょう。ここからなんですよ、語学好きにとってはたまらない世界が展開されますから。
まず、ドイツ語の"Sauerkraut"が男性名詞だということと、この語には「キャベツ」の意味をもった要素はないってことをアタマに入れておいてください。ちなみにキャベツのドイツ語は"Kohl"ですね。「コールラビ」の「コール」です。で、フランス語ですが、TLFi(Le Tésor de la Langue Française informatisé)をなんとWEBで見られるんで、そこからかいつまんでこの単語の歴史をご紹介させていただきますね。
まずスイス・ロマン語ですけど1699年に"surcrute"という用例があります。フランス語としては1739年"sorcrotes"、1768年"chou-croute"、そして1786年"choucroute"。だんたん現在の綴りになっていくのがよくわかりますね。で、途中から"chou"(シュー=キャベツ)の綴りがあらわれているんですよ。これがスゴイんです。なにしろ大元の"Sauerkraut"の"sauer"は「酸っぱい」くらいの意味なんです。「サワー」のことですね。そこに音の類似と、なにしろ現物がキャベツなわけですから、うまいこと"chou"をはめこんじゃったんです。ちょっと強引かもしれませんねぇ。でも、語学マニアにとってはこれだけでも感動モノです。
さらにおもしろいのは、1786年の用例ですと、コレ、男性名詞なんですけど、19世紀になるといまとおなじように"女性名詞"としてあつかわれるようになります。なんで? って思いませんか。もとの"Sauerkraut"は男性名詞。強引に入れた"chou"も男性名詞です。後半の"croute"ですが、アクサン(山型の記号)がないんで"croûte"(クルート=パイなどの皮、女性名詞)とはちがうはずです。って言うか、たんに音から綴りをくみたてただけみたいなんですよね。なのに、19世紀からこっち、どうも後半の"croute"が女性名詞っぽいからという理由で"choucroute"という語は女性名詞あつかいになったみたいなんです。
フランス語というかヨーロッパの言語の名詞の「性」というのは、われわれ日本人にはなかなか厄介でして、もともと性別のあるものはそれが男性なら男性名詞、女性なら女性名詞となるわけですけど、性別のないものをあらわす語はいろんな理由で男性名詞か女性名詞かが決まっていたりします。自然界のものであれば、アニミズム的な考えかたの名残がうかがわれるものもありまして、"soleil"(ソレィユ=太陽、男性名詞)、"lune"(リュヌ=月、女性名詞)とか"mer"(メール=女性名詞)なんかそうですね。関係ないですけど、フランス語で"mère"(メール=母)という語もありますが、このふたつよく見ると、「母」の中に「海」がありまして、日本語ですと「海」という語のなかに「母」がある、ということになります(すごく古典的なフランス語の授業の小ネタですね)。
それ自体が性別をもたないものや抽象的な事柄を表わす語については、綴りと音の関係で男性名詞か女性名詞かが決定されるというのがフツーです。なので、"choucroute"の場合も後半の"croute"が女性名詞っぽいということなんでしょうね。
合成語の性というのはなかなか厄介でして、たとえば"portefeuille"(ポルトフイユ=札入れ)という単語があります。男性名詞です。が、後半の"feuille"(葉、札などいろんな意味があります)は女性名詞。ところが前半の"porte"(何かを入れるあるいは運ぶもの、人)という意味の接頭辞がつねに男性名詞を形成することになっているので、これは男性名詞となっております。なんとなくイメージ的にも"portefeuille"って女性名詞っぽい気もしなくはないんですけど、男性名詞なんですねぇ。
"choucroute"という語はフランス語の歴史のなかでは比較的あたらしいものなわけですよね。19世紀くらいですと、プロシア人のことを"mangeur de choucroute"(シュクルートを食べる奴)なんて表現してますけど、ようするにパリを中心とした文化のなかにない語、概念だったわけです。そういうのを持ちこんでくる、あたらしい語をつくる、というのを"néologie"(ネオロジー)といい、そういうあたらしい語をつかうことを"néologisme"といいます。
言語は生き物みたいなもので、つねに変化しつづけながら生きています。だからネオロジーというのはしょっちゅう目にするわけです。ブリア=サヴァランはネオロジー好きで有名ですし、このBLOGでもよく名前のでるフランソワ・ラブレーもネオロジーというか造語の大家ですね。新語ですから定着しなかったら辞書にはのっていなかったりする、とても厄介なものです。ヘタをするとわからないヒト続出という表現なんです。でも、そういうのがないと、言語はそれまでなかった現実に対応できないんですよね。日本語でも「政治」「経済」「形而上学」そのほかものすごくたくさんの語が明治期につくられました。ようするに西欧の文明と接してそれに対応するために先人たちが苦労してつくりあげたネオロジーなわけです。その結果、半島はもとより中国語やヴェトナム語にまで明治期につくられた漢語は影響をあたえているといわれています。
ところで、フランスに行くと、日本みたいな平ぺったいキャベツはあんまり見かけません。サヴォイと、いわゆるグリーンボール・タイプばっかりですね。平ぺったいキャベツはヨーロッパではシュクルートみたいな漬物用なんですよ。フランスじゃほかにキャベツの漬物ってあるんでしょうかね? 日本だと「札幌大球」なんて品種は漬物用として有名ですね。あれは"Late Flat Dutch"系で、まさしく漬物のための品種を日本で定着させたものらしいですね。
この料理名のさらににすごいところは、"choucroute"=温かいキャベツの漬物、ですから、"choucroute garnie"は「つけあわせのあるキャベツの漬物」の意味なんですよね。言葉の意味からするとシャルキュトリーは添えものなんです。通常の料理の概念とちょうど逆になっているところが面白いんですね。こういうケースってあんまりないような気がするんですけど、どうなんでしょう?




