カブの菜花にかんする補足
もはや日課となりつつある「エスコフィエ・シリーズ」ですが、またまた小ネタでご勘弁。
「カブの菜花」のエントリで「いずれにしても、当時のフランス料理というかフランスの食文化では一般的ではなかったということだけはたしかですね」と断じたんですが、ツッコミがはいるかと思いきや、まったくもって静かなものです。
ロジックとして、ある命題が否定文のとき、それが「正」であることを証明するのはきわめて困難です。よく「悪魔の証明」っていいますよね、アレです。
そりゃ、以前からご高覧くださっておられる好事家諸賢は、このBLOGが皮肉とトラップをちりばめたものということくらいご承知でしょうから、なにもわざわざご自分から地雷原にとびこむようなことはなさらないんですよね(笑。こうして不発に終わるトラップってけっこうあるんですけど、たいていはそのまま放置しております。でもまぁ、このネタは自爆させてみましょうか。
傍証のひとつはすでに書きました。 Vilmorin の1914年のカタログに記載がない、ということです。 Vilmorin というのはフランスを代表する一大種苗会社です(いまは Limagrain 傘下ですけど)。野菜、というか園芸作物の歴史を調べているとしょっちゅう Vilmorin の名にでくわします。種苗のかなりのシェアをにぎっていたわけですから、ここで扱いがあるかどうか、どういう紹介のされかたをしているかで、ある野菜、ある品種のその時代のフランスでの位置づけの見当がつくということになります。
もうひとつの傍証、これが今日のメインなんですけど、ほかならぬエスコフィエが書いてくれています。Le guide culinaire と一緒に、1919年初版の L'Aide-Mémoire culinaireの複写版(1)も買ったんですよ。この本、 Le guide culinaire のダイジェストといいますか、実用一辺倒にコンパクトにしたような内容です。説明ぬきでひたすらルセットが並んでいます。で、UKモノの素材とかは省かれちゃっています。ここがポイントです。
さて、この L'Aide-Mémoire culinaire から「カブ」の項目をまるまま引用させていただきますと
NAVETS
Se préparent: Glacés et à la Crème, comme «carottes». En caisses, garnies de purée, de semoule liée au fromage, d'épinards, chicorée, etc. En purée. Les jeunes feuilles de navets se préparent comme «Choux à l'Anglaise»(2).
問題は最後の一文です。ちょうど原文でイタリックになっているところ、"les jeunes feuilles de navets"とありますね。"pousses"がないんですよ。「カブの若い葉」としか書いてありません。「花芽」については言及なし。これ大事なポイントです。
なにしろ、この本の序文の冒頭でエスコフィエ自身がこう書いています。
Il y a bien longtemps que j'eus l'idée de faciliter la tâche du personnel de restaurant (cuisiniers, maîtres d'hôtel et garçons) en mettant à sa disposition un ouvrage de petit format réunissant en des exposés brefs, et cependant explicites, la plus grande partie des recettes culinaires qui figurent sur nos Menus du jour(3).
「訳」じゃなくてもいいですよね? ようするに、当時のメニュー(4)をなすルセットの大部分をコンパクトかつわかりやすいかたちで、レストランのスタッフが利用できるような著作の構想を前から持っていた、ということです。
つまり、この本では、一般性、実用性がものすごく前面にでているわけです。その本で「カブの花芽」について言及がないってのはけっこう傍証としては重要じゃないでしょうか。
コレ、さらに文献をあつめたら、学術的な手法できっちりと、20世紀はじめのフランスではチーメ・ディ・ラーパは一般的ではなかった、という命題の証明はできるでしょうから、もしかしたらイグ・ノーベル賞を狙えるかもしれませんね(笑。いや、あんまり笑えないからダメかな…、まぁ、そんなことする気はさらさらないんですけど。
だから何?って、いえ、それだけなんです。文章は長くなりましたが、はじめに申しあげたように「小ネタ」ですんで。
- 注1) Auguste Escoffier, L'Aide-Mémoire culinaire, Flammarion, 2006.
- 注2) Ibid., pp.293-294.
- 注3) Ibid., p.XI.
- 注4) この「メニュー」の語の解釈はちょっと厄介なんですけど、ユルバン・デュボワあたりを読んでから論じたいところですね。なにしろワタクシ野菜の生産が本業でして、フランス料理史は専門じゃないもんですから。