Agriculture Raisonée (1)
まきもの屋の野菜を市場でよく仕入れてくださっているM食品の社長さんと電話で話していたときのこと。
「(まきもの屋の野菜を)減農薬といって売って問題ないかね?」とたずねられた。
「ちょっとまずいでしょうね、特別栽培ガイドラインでその言いかたは『望ましくない』とされているし、いまどきは農水省もこういうのにうるさいから…」
「じゃあ、ほかに何かいい表現はない?」
「いまの制度では、ウチの野菜については『特別栽培』も『有機』も言えないんですよ」
「でも、普通よりも農薬が少ないというのは事実でしょ?」
「そうなんだけど、『特別栽培』は地域ごとの標準というのがないと成りたたないから、マイナー野菜はそもそも『標準』がない時点でアウトなんです。『有機』はJAS認証をとらないといけないけれど、生分解マルチをつかうと認証がとれないんですよ」
「お客さんの要望がつよくてね…。せっかく面白いモノをつくっているんだから、何かわかりやすい、いい表現があるとなあ…」
「いまの時点では、肥料や農薬の内容をご説明してご理解いただくしかないと思うんですが…」
「ま、とにかく何かうまいい表現を考えてみてよ。よろしく」
たしかに、まきもの屋では、原則的に有機肥料のみをつかっているし、農薬の使用は最小限の回数だし、ほとんどは有機JASで許容されているものや、特別栽培で「化学合成農薬」としてカウントされないものをつかっている。でも、いまの制度に照らしあわせると、「有機」はおろか「減農薬」ということもできないのである。結果として、「ごくフツウの野菜」ということにならざるを得ない。
この問題、語りだすとキリがないというか、一般のかたがたにはとんでもなくムズかしいはなしになってしまうかもしれない。そのへんご容赦の程。
「有機」「無農薬」「減農薬」…たしかにこういった表現はわかりやすい。が、わかりやすいものほど、きっちりと定義され、それを守らなければムチャクチャになってしまう。そういう意味で、農水省の方針はただしい。いっぽうで、農薬=悪というような思いこみみたいなものが一般にはびこっているのも問題なのである。ひとくちに「農薬」といったって、じつにイロイロなのだ。かの有名なジクロルボス(DDVP)みたいな有機リン系のものもあれば、BTのような微生物もある。天敵昆虫も製品として売られているものは「農薬」である。もっと身近な例だと、アブラムシ対策としてデンプンでできたものもある。デンプンなんて常識的には「クスリ」じゃないのだが、やっぱり「農薬」なのである。こういうのをぜんぶひとくくりにして「農薬」というのは、農薬取締法の定義にもとづいている。でも一般のひとはそんなことは知らない。だから、農薬=毒だと思いこんでいたりする。たしかに毒性がそれなりに高いものもあるが、ぜんぶじゃないということは無視されているわけだ。
じつのところ、レタスとキャベツを中心に栽培していたときは、こういう表現にかんする問題にけっこう関心があった。「特別栽培」の表示くらいきちんとしようと考えたこともある。が、マイナーな西洋野菜に経営をシフトしてからは、ほとんど意識がいかなかった。なぜなら、マイナーな野菜というのは、使っていい農薬がほとんどないからである。農薬というのは作目と病虫害ごとに「適用」というのが定められていて、その内容が「登録」されている。このクスリはキャベツにつくアブラムシに対して使用していいなどと表示されていて、これを守らないと農薬取締法違反になってしまう。よくしたもので、「野菜類」という適用項目があって、たいていの野菜がこれにふくまれている。ただ、「野菜類」の適用で登録されているクスリというのはそんなに多くはないし、概してクスリとしては弱かったり、ボルドーのように散布回数をたくさんこなさなければ効果がなかったりもする。結果的には、「野菜類」の適用のあるクスリは、多くが有機JASでも使用をみとめられている。これだけ制限がきびしいのだから、いちいち減農薬だのなんだの考える余地なんかないのである。西洋野菜を栽培していると、たいして使える農薬がない、好むと好まざるとにかかわらず、有機JASにちかいものになる、そうせざるを得ない現実というのがあるわけだ。
IPM(Integrated Peste Management, 総合的病虫害管理)という考え方、技術がある。病虫害の防除というのは、なにもクスリをつかうだけじゃなくて、いろいろな方法がある。ムシが発生する時期を避けて栽培するとか、病気にたいして抵抗性のある品種をつかうとか、防虫ネットを張るとか、いろいろである。全面マルチだって、高畝による排水とポリマルチをつかうことによる雑草抑制、土の跳ねかえりを減らすことで病原菌が野菜につきにくくするという意味で効果がある。病虫害の防除は耕種的防除、物理的防除、化学的防除、生物的防除というぐあいに分類されているわけだが、一般的に「農薬」をつかうというのは化学的防除のことを指す。もっとも、BT剤や天敵製剤は生物的防除にあたるし、デンプン製剤は物理的防除に分類できなくもない。ともかくも、病虫害は農薬でたたく、という単純な発想じゃなくて、いろんな方法を総合的に組みあわせることで効果をあげようというのである。原理主義的な「有機」農法だって、化学的防除以外の方法は駆使するわけで、まるっきり無防備なわけじゃない。というか、すぐれた「有機」農業の技術というのは、まさにIPMの粋(ただし化学的なものをのぞく)といってもいいものである。
ムシが発生する時期を避けて栽培するというのは、古くからいう「適期適作」というのにあたる。そもそも栽培「しない」というのは、最大の防除である。だが、これをやっていては消費者、流通のニーズにまるっきり応えられないのも事実である。
一般のひとびとが「農薬」をきらうのは、「化学的に合成された毒物」というイメージからだろう。たしかに毒性のそれなりにつよいものもある。が、上で述べたように、農薬取締法にもとづいて「農薬」とされているものには、化学的なものだけじゃなくて、生物的防除などにあたるものも ふくまれているわけだ。そういうことは一般にはまったく知られていない。だから、BT剤を散布することと、DDVPを散布することのちがいというのをまったく理解してもらえないのである。
日本の農薬取締法と、食品衛生法にもとづく残留基準(いわゆるポジティヴリスト)というのはじつに厳しい。すくなくとも農薬をただしくつかっているかぎりは(=農薬取締法を遵守する)、基準値を上まわるような残留はまずあり得ないとされている。しかも、食品衛生法にもとづく残留基準の数値というのは、石橋を叩いて叩いて、さらに鉄骨で補強をしているくらい、安全係数をかけている。農薬(というか化学物質)の「毒性」というのには、ADIという慢性毒性をあらわす数値とLD50という急性毒性をあらわす数値がある。農薬の残留基準については、おもにADIのほうが問題となるわけだが、この数値は、生涯にわたって毎日摂取しつづけて影響のない量をあらわしたものだが、どうやって決めてあるかというと、まずマウスなどで動物実験をして、悪影響がでない量というのをだす。それに「安全係数」というのをかけてみちびきだす。これは、実験動物とヒトでは「種」がちがうからとりあえず1/10の数値にしておく。ヒトには個人差があるから、念のためさらに1/10にする。つまり、動物実験ででた値の1/100という数値になっているわけだ。これはあくまでもADIであって「残留基準値」ではない。農作物の農薬残留基準値は、AIDの原則8割以内になっているという。だから、よく残留基準を越える農薬が野菜から検出されて回収騒ぎになっても、当局から「健康に影響はない」なんてコメントがでるなんて、一般のかたがたには理解しがたい事態となる。基準値の100倍以上の濃度で残留したものを、「平均以上」の量を「毎日」摂取したとして、健康に影響がでる可能性がある、という意味の数値だからである。
それぞれの野菜ごとに、農薬の化学物質名がリストアップされて、それぞれに基準値がきめられているわけだが、さらに、とくに残留基準をもうけられていないものについては一律、0.01ppm以上の残留があってはいけないことになっている。0.01ppmというのは、農薬の残留にかぎっていえば、事実上かぎりなくゼロにちかい数値である。ADIなんか関係ないのである。ようするにほんのちょっとでも、使われているはずのない農薬が検出されたらアウトということだ。だから、健康被害があるとかないとかにかかわらず、回収ということになる。そういうきまりなのである。きまりはきまりだからきちんと守らなくてはいけない。ここのところをルーズにやっていたら、それこそとんでもない結果になってしまう。
こういう農薬の問題というのは、けっしてわかりやすいものではない、というか、誰にでもわかるというようなものではないだろう。でも、だからといって、「無農薬」=「安全」なんて思うのはたんなる無知蒙昧、幻想というよりは妄想である。有機≠無農薬ということさえも理解せずに、「安全」をウリに「有機野菜」をつかった料理をだしたがるなんて滑稽でさえある。素人がじぶんで食べるためだけならいいのである。そんなのは勝手だ。だが、料理をつくることを仕事にしているのであれば、そんなレヴェルでは無責任としか言いようがないんじゃないか。商売だから儲けるためならなんでもいいというのなら、モラルそのものが問われるだろう。
はなしが小難しいままに脱線してしまったが、農薬取締法と食品衛生法にもとづく安全基準で、農薬をただしく使用しているかぎりは、健康にまったく影響はない、と政府が保証しているのである。ところがそのいっぽうで、政府お墨付の「有機JAS」と「特別栽培ガイドライン」なんてものがある。「有機」と「特別栽培」は表示に混乱があったり、優良誤認をさせたりする不届きな商品があったりしたために、そういう表示をしたいのならこういうきまりをつくったから従いなさい、 というものである。が、政府お墨付の「有機」なんて規格があって、「有機農業の推進にかんする法律」が成立してしまったものだから、「有機」のほうがより安全みたいなイメージを一般にあたえてしまっているんじゃないか。
はじめに述べたように、現行の「有機JAS」や「特別栽培」の制度にたいして、まきもの屋の野菜はうまくマッチしないという事情がある。だからどんなに農薬の使用がすくなくても、あるいはまるっきり農薬をつかわなくても、「農薬」がらみのことをウリにはできない、というかあんまりそういうことはしたくない。農薬取締法をきっちりと守っていればそれで充分じゃないか、という思いはある。
そうはいっても、商売なんだから、M社長のおっしゃるように、何かうまい表現があってアピールできればそれにこしたことはない。でも、「環境保全型農業」にしても、「持続可能な農業」にしても、あるいは上述のIPMにしても、いまひとつ訴求力がないし、一般にはまったく知られていない表現だったりする。フランスだと、AB(有機、Bioともいう)とはべつに、"agriculture raisonnée"というのがある。日本語だと「論理にもとづいた農業」「根拠のある農業」とでもなろうか。ようするにムダな農薬の使用はしないということなのだが、その内容はひとまず置いておくとして、じつに上手い表現だと思う。"Raisonné(e)"という形容詞は"raison"(理性、理由、道理)から派生した語で、"raisonnablement"という副詞は「理性的に」「節度をもって」という意味でつかう。なんだか、理屈っぽいまきもの屋の農業をいいあらわすためにつくられたコトバのような気がしてくる。が、あまりにも長くなってしまったので、本題の、"agriculture raisonnée"については近いうちに続編を書こうと思う。