和食と西洋野菜
まきもの屋はイタリア・フランス料理でつかってもらうことを想定して西洋野菜を栽培しているわけだが、もちろん他のジャンルでつかっていただくことを否定はしない。むしろ興味津々だったりする。そりゃそうだ。いま日本で一般野菜としてあつかわれているごくありふれたものだって、かなりの割合で江戸後期あるいは明治以降日本に導入され、第二次大戦後に普及したものがおおい。玉レタスなんてその代表である。あれは進駐軍需要がもとになって国内での生産が本格化したものである。「西洋」じゃないが、ともすれば「和」の野菜と思われがちな白菜だって、日清戦争後に日本に導入されたものである。オクラなんて思いっきりアフリカ野菜である。
あらたに導入された野菜が日本で一般に定着するかどうかは、「和」の調理法とどの程度親和性があるかできまるといってもいい。これはじつに大事なポイントで、モロヘイヤなんかいい例だろう。もともとはエジプトの野菜である。ビタミンが豊富という機能性(=健康食品としての性格)にくわえて、天ぷら、おひたしにいいということで、一気にひろまったのはそんなにむかしのはなしではない。
こんなことをあらためて思ったのは、先日の東京出張の際(イナカの百姓おやじが「出張」なんておこがましいが、やっぱり出張することはあるのだ)、いささかハイグレードな居酒屋というか和食屋にM社長に連れていっていただいたのがきっかけである。総料理長が挨拶にでてきてくださったのだが(M社長がいうには取引先ということである)、M社長に個人的な「おみやげ」として差しあげたミニポワローやルーコラ・セルヴァチカ、ポップコーン、日光とうがらしetc.を、「これおいしいから使ってみて」なんて言ってそっくり渡しちゃうんだもの。ようするにサンプルということになったわけである。
じっさいのところ売り手としては使い手のジャンルがどうであろうとあんまり関係ないのである。これは、まきもの屋のごとき作り手としてもじつはおなじである。件の総料理長氏が、受けとったまきもの屋の野菜をお気に召したかどうかはわからないが、使いこなしていただけるのであればこんなにうれしいことはないのである。イタリア・フランス野菜だからといってジャンルを限定するほど狭い了簡ではない。ただ、まきもの屋はイタリア・フランス料理以外の知識に乏しいから、ヘタにマーケティングできないというだけのことなのだ。
だいたい、フランスの一流といわれるレストランで、水菜や紅芯大根、衛青大根、ミニチンゲンなんかがあたりまえのように使われている時代である。その逆だってあっておかしくはない。
とはいうものの、料理が文化であるいじょうは、その素材となる野菜だってやっぱり文化なのである。その背景をしらずにいいかげんに使っていただきたくはない。それは、異文化にたいする敬意を失した行為といわざるを得ない。だから、カーヴォロネーロのジャコいため、とかプンタレッレのキンピラなんかは否定するのである。一見よく似たべつのものからの類推で発想するのはあまりにも安易なのである。安易に西洋野菜を「和」のジャンルにとりこむことは、ともすれば「もの珍しい」というだけのものにとどまりやすいリスクがある。
あくまでも個人的にだが、「東京イタリアン」とか「和風フレンチ」を苦々しく思って眺めているわけで、そうじゃなくっても西洋料理であたりまえのごとく日本の一般野菜がつかわれることに--たとえそれがもともと西洋から導入されたものであっても--かなり疑問をもっているのである。そんなこともあって、まきもの屋の商品については、イタリア・フランス料理の素材としての提案しかできないし、いまのところはそれでいいと思っている。