3月は貧乏人のアスパラガスも、ホンモノのアスパラガスも、グリンピースもまだ旬じゃないのに…

どちらも周年で栽培されているから、旬がわからなくなってしまっているみたいだ。それでも「春」のイメージがのこっているのか、3月にははやくもホワイト・アスパラガスなんかがレストランのメニューに載りだすようだ。アスパラガスは地域にもよるけれど、フランスなんかでは5月から6月がとくにホワイト・アスパラガスの季節である。日本でもあんまりかわらない。冬から春のはじめにかけて出荷されているのは、ハウスのなかで休眠打破とか加温といった技術を駆使してつくられているものである。語弊があるかもしれないが、いささか強引なつくりかたをしていると言ってもいいかもしれない。

そんなことをダラダラと書いていたのだが、とあるレストランのBLOGで、3月にグリンピースを旬だとのたまっておられるのをみつけた。いやー、どういう商売をなさろうが、まきもの屋のごときがとやかく申しあげる筋合いはないんだが、こういう「勘違い」というか「誤解」というか「無知」が世の中にはびこっていて、プロの料理人諸氏もその例外ではないというひとつの端的な例だろう。

エンドウ(グリンピース)もソラマメも3月はけっして「旬」じゃない。南九州だって4月がせいぜいなんじゃないか。あえていうなら沖縄か…。野菜の旬というのは、とくに加温もせず、特殊な技術ももちいずに露地で無理なくつくれる作型と考えていただきたい。それに、「産地リレー」というのがあって、暖かいところから寒いところまで時期をずらして栽培することで、長期間、ものによっては周年供給されているわけである。つまり、野菜の旬というのは、時間的なものと空間的なものというふたつの要素から構成されているわけである。

野菜の「旬」がわかりにくくなってしまったのは、われわれ生産サイドにも責任がある。需要があるならば生産者は時期はずれだろうとなんだろうと、出荷できるように努めるものなのだ。かくして産地単位での早出し競争と相成る。で、その結果、3月にグリンピースが旬などといわれてしまうのである。イチゴの旬がいつのまにか12月になってしまったようなものだ。あれは平地の露地であればやっぱり5月が旬なのに…。

ほんとうの意味で、「旬の素材」というのであれば、その地域での野菜なり魚なりの「旬」を基準にかんがえるのがいい。標高がおなじという前提で、半径100kmくらいの範囲でいいと思う。それを基準にして、東京でいうなら、南九州は1ヶ月は春がはやいから、「ハシリ」ということになる。3月のグリンピースなんかでいうと、まぁふつうはハウス栽培の「促成」か「半促成」の作型だから、その地域では「ハシリ」だけど、東京からみたら「ハシリのハシリ」ということになるわけで、ちょっと季節感としてはズレが大きいんじゃないか。

東京であれば関東地方での「旬」をピークに考えたほうがいい。それを基準にして、暖地のモノは「こちらでの旬からするとまだちょっと早いのですが…」といってお出しするくらいのほうがいいんじゃないか。「ハシリのハシリ」なんてものを「旬」といってしまったら、ほんとうにその地域で旬になるころにはお客さんはとっくに食べ飽きてしまっているということになりかねないでしょ。それを、「昨今は野菜の旬がわかりにくくなってまして…」なんていうのは、無知、無定見をさらけだしているだけで、プロとしてはちょっといただけないんじゃないでしょうかね…。

はなしを戻すと、貧乏人のアスパラガスなんて、たしかにほぼ周年で出荷しているわけだが、いくらなんでも3月に需要のピークを持ってこられると、かなり辛いのである。精神的にはかなり負担になっているのが正直なところである。あくまでも旬は5〜6月ということでお願いしますよ。


Posted by makimonoya on 19 March, 2009

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