文句言うんだったらじぶんでやればいいのに・・・
まきもの屋の口癖である。似たようなのに「じゃあ他をあたればいいでしょ」というのがある。いや、じっさいに口にだすことは滅多にない。そう思うだけである。それでも、フツーに考えて、まきもの屋は商売にはむいてないね。もっとも、まきもの屋が栽培しているような野菜なんてそうそう需要があるもんじゃないし、どっちにしたって「儲かる」なんてことはないからいいのである。
ところで、第六次産業という言いかたがある。生産の第一次産業、加工の第二次産業、小売やサーヴィスの第三次産業、1、2、3をかけ算するんだか足算するんだかで6次産業というシャレた命名なんだが、農業のような第一次産業がたんに生産にとどまらずに、加工、流通販売に展開しているケースをいう。くわしくはWikipediaでもご覧いただいたほうがいいだろう。
第六次産業というのは農業の世界ではちょっとしたブームである。漬物、ジャムそのほかの保存食品への加工、直売所経営、はてはレストランまで・・・。
モチはモチ屋という。流通は販売のプロに、加工=調理はプロの料理人にまかせるのが効率がいいはず。そういうことであれば第六次産業なんてブームになるはずないのに、ブームである。だいたいが、生産者が専門ではない加工や販売をするというのはそれだけで非効率なことなのである。
ここでタイトルにつながる。生産者としては、買い叩かれるのがイヤである。いまどきは生産者がただ生産だけしてればいいという状況はきわめて幸福である。常軌を逸するほどの買い叩きが常態化している。商売にならないなんて次元じゃない。赤字になって、借金がふくらむだけである。ただその現実をまえにして何もせずに文句を言うだけだったら、いっそのこと販売もじぶんでやったほうがいい。そういう発想になるのは自然のながれだろう。
ここにあるのは流通にたいする不信感にほかならない。これは非常によくわかる。じっさい、市場関係や大手小売(ようするにスーパー)などでビジネスマナーという点で疑問符のつく場面に遭遇することがなかったわけではない。
だが、悪いのは流通関係者ばかりではない。居丈高に「使ってやる」という態度の料理人さん、仕入れ担当者さんがいるのもまた事実だからである。あるいはスーパーを利用する一般消費者にしてもそうである。そういうエンドユーザーの態度、要求を流通業者は反映させているにすぎない。
「取引」っちゅーんは対等の立場でおこなうものだと思うんだけどねぇ。
それはさておき、いま農業界のトレンドは「非効率化」である。こう書くとギョっとされるかもしれない表現だけど、「第六次産業」といわないまでも、産直とか少量多品目栽培なんてのは効率とはまったく逆のベクトルをむいている。ましてや「有機」だの「無農薬」だのって・・・収量が減るほうがいいってみなさんおっしゃってるんだから。
まぁいいのである。コメにしても野菜にしても供給過剰なのである。いつもマーケットにあふれかえっている。
「自給率」云々なんてインチキな数字にだまされちゃいけない。50%以下になっちゃってヤバいといわれている「自給率」はあくまでもカロリーベースである。いま野菜の自給率は80%くらいだったと思うけど、かりに100%を越えたとしても、カロリーベースの「自給率」はほとんどかわらないのである。野菜って低カロリーなんだよね。
カロリーベースの「自給率」をあげるいちばん手っとりばやい方法は、みなが肉を喰わない、パンやパスタ、スイーツを喰わない、ことである。なぁに、いま急激に経済成長してる大国がふたつほどある。かつて日本が歩んだのとおなじような道を食にかんしてすすむだろうから、穀物類の国際価格は上昇するだろう。ほっとけばそのうち、食べたくても高価でそうそう手がでなくなる。日本の人口もゆっくりとだけと減っていくから、なんとかなるんじゃないかね。
そう、「自給率」という観点からすれば、いちばん悪いのは食生活の「洋風化」である。そもそも国内に生産基盤のないものに食が偏ってしまったからこういうことになるのである。まぁ、西洋野菜の国内生産をいくら充実させたって、カロリーベースの「自給率」問題の解決にはいっこうに貢献しないわけだから、このあたりはあんまりつっつかないほうがいいだろう。
はなしがあらぬ方向にすすんでしまった。まきもの屋も、買いたたかれることに文句をいうくらいだったらじぶんで販売したほうがよっぽどいいと考えているのは正直なところだ。いまのところ「料理」についてはそこまでは考えていない。まきもの屋が「農家レストラン」をやろうなんて思うようじゃ世も末である。そうならないことをねがうばかりだ。
